‡桜月‡
□『涼分け』
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「京都ほどではないですが、ここも暑いですね。もう少し風が出てくれるといいんですけど…」
千鶴がパタパタとうちわで扇ぐと、首筋にかかっていたあそび髪が僅かに揺れた。風が当たりやすいようにと首を傾けているせいで、常よりもあらわになった白い首筋が艶めかしい。
「千鶴。その格好、外では絶対にすんなよ」
「え?」
向き直ってきょとんとする千鶴に、土方は、わかってねぇなと溜息をつくと、
「貸せ。俺が煽いでやる」
千鶴からうちわを取り上げた。
「そんなっ、大丈夫ですよ、自分でやりますから」
「いいから。お前は黙って扇がれてろ。それとこれは俺の特権だから譲らねぇからな」
「特権、ですか?」
土方は、あぁと頷いて千鶴に涼を運んだ。
心地の好い風が肌を撫でることは嬉しい。が、土方に後ろから見られていることにだんだんと身体が火照って、千鶴はせっかくの涼を楽しむどころではなくなっていた。
「お前の肌を見んのは俺の特権なんだよ。だから外ではそんなに寛ぐなよ?でないと、お前に集まる視線が増えてく一方だからな。」
困ったような顔をする土方に、以前にも同じような事があったのだろうかと思い起こしてみたが、千鶴には一向に心当たりがない。
「すみません。私、そんなにだらし無かったですか?///」
土方は、襟元を直そうとする千鶴の手を掴むと、眉間に皺を寄せた。
「今はいいんだよ、今は。俺の前なんだから、むしろ隠すな。」
言うが早いか、土方は千鶴の首筋に唇を寄せた。唇の生暖かい感触と囁く声に、千鶴の体が、ぴくりと揺れる。
「甘ぇ…」
「///…歳、三さんっ。わたし、あの、汗くさいですから、や、止めて下さい。そうだ!今度は私に扇がせてください。ね?」
千鶴は何とかうちわを奪回すると、取られないようにと両手で土方を扇いだ。そんな、必死でうちわを死守している千鶴に苦笑して、土方はうちわを取り返すことを諦めた。
「千鶴。どうせならあっちで扇いでくれねぇか?」
土方は、先より涼くなってきた縁側に千鶴を座らせてると、自分はしっかりと膝に頭を乗せて、定位置だとばかりに落ち着いてしまった。
「ここがいい。ここで扇いでくれ」
その行動に驚きながらも、ふわふわとうちわで扇ぎだすと、土方は満足そうに口元をゆがめて目を瞑った。
「いいもんだな、やっぱり…落ち着く」
「歳三さん?」
ほどなくして聞こえてきた規則正しい呼吸と、長い睫毛が微かに揺れている顔を見つめながら、千鶴はそっと暖かい土方の頬に触れた。
「歳三さんの寝顔をみるのも、私の特権ですからね?」
余程寝入っているのか。返事は返ってこないが、自分のもとで寛いでいる夫の姿に、千鶴はこの上なく幸せを感じていた。
END
2010、8、7
うちわの取り合いする、イチャコラ夫婦が書きたかったもので(笑)。