‡桜月‡
□『糖分摂取は計画的に』
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「千鶴!」
静まり返った廊下に、土方の凜とした声がよく響き渡った。
五稜郭の中でも奥まった場所に位置する此処、陸軍奉行並の部屋から飛んでくる声に驚く者は少ない。何故なら、余程の新入りか命知らずか、用事があって出向く事が無い限りは、部屋に近寄る輩などいないのだから。
唯一人、千鶴を除いては。
「は、はい!ここにいま…きゃ!」
「ちょっと来い!」
土方は、駆けてきた姿を見るなり自室に連れ込み、腕の中に抱き込んだ。
「土、方さん?どうしたんですか?…何か、あったんですか?」
「………なんでもねぇ」
けれど言葉とは裏腹に、千鶴を抱いている腕の力が弱まる気配は無い。
「私には土方さんの辛さを分けてはいただけないのですか?」
土方は自らの腕の中で震え出した千鶴に気づくと、慌てて拘束を緩めた。
些細な変化にも一喜一憂するこの女の、取り分け泣いている顔に勝てる気がしないと悟ってしまってからは、土方が折れるしかなく。
「すまねぇ。忙しくてつい…お前が足りなくて、だな」
言われて辺りに四散した紙片に目をやると、千鶴は漸く事態を飲み込んだ。
「私の方こそ、気づかずにすみませんでした。今、お茶をお持ちしますね」
そう言って身を起こすと、土方は、いくなとばかりに今度は優しく千鶴を抱き込んだ。
「いや、今は茶よりもお前がいい」
「で、でも…ちゃんと休んで戴かないと、私が困るんです。だって///」
言いかけて、千鶴は顔を染め、ふいっと顔を背けた。
「千鶴?」
「だって土方さん…疲れている時の方が、夜……………乱暴………だから///」
いつもなら千鶴からは絶対に聞けない類の言葉を耳にし、固まった土方の腕から千鶴はするりと抜け出した。
土方はすぐに気付いて手を伸ばすものの、その手はいま少しというところで空を掴んだ。
「お茶!そう、お茶をお持ちしますっ!!///」
そうして土方から逃れた千鶴は、そのままドアの向こうに消えていってしまった。
「…んだよ。あれじゃ、当分来ねぇじゃねえか」
休憩どころじゃないだろうと一人ごちると、土方は執務用の椅子にどかっと腰掛け、仰向いた。
抱き込んだ千鶴の、その甘い香りに満たされているだけで充分休憩になるのに。
だがそれ以上に今日は良いことを聞いたと土方は、にやりと笑った。
「責任とれよ、千鶴?」
疲れている時程甘い物を吸収できるとはよくいったもので、さて戻ってきたらどうやって可愛がろうかと考えながらも、滞っていた書類の山に手をつけ始めた。
そしてその頃。
土方の糖分とも云うべき存在は、土方がそんな事を企んでいるとは露とも知らず自らの熱を冷ます事に必死になっており、戻った後にどうなるかなど考える余地もなかった。
END
土方さんの鬼畜ー!!(笑)
2010、10、31
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