‡桜月‡

□『土方さん家の喧嘩事情』
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「島田さん、お茶のお代わりはいかがですか?」

「はい、いただきます」

千鶴が差し出した湯気の燻る湯呑みを受けとると、島田は一口啜った。
千鶴の茶は煎れた本人の真心が篭っており、今も昔も、飲むとホッと落ち着ける。

「旨いです」

思った事をそのままを言葉にすると千鶴はふわりと微笑んだ。

「ありがとうございます」

その笑みを見た土方が、一段低い声で口を挟んだ。

「おい、千鶴。俺に茶はねぇのか?」

「………」

そんな声に怯むことなく、千鶴はそのまま立ち上がり、厨へ下がっていった。



久々に尋ねてきた島田を土方と千鶴は大いに歓待した。…までは良かったのだが、どうしてか、島田は二人の間に流れる雰囲気に居心地の悪さを感じていた。
否、正確にいうならば千鶴の醸し出す雰囲気が、というべきか。

土方の不機嫌窮まりない空気ならば新選組の時代から肌で感じていただけに免疫があったが、およそ怒ることとは無縁の千鶴にはしては珍しく、今日は頗る機嫌が悪い。

「何やらまずいときに来てしまったようですね」

飲み終えた茶をコトリと置くと、島田は渇いた笑いを漏らした。

「いや、正直助かった。あいつ今朝から口を聞いてくれなくて困ってたんだ。おかげで漸く千鶴の声が聞けた。」

困ったという割には、声が聞けたことの方が重要だったらしく、土方は少しだけ口元を緩めた。

「土方さんたちが夫婦喧嘩なんて珍しいですね。不躾ですが喧嘩の原因はなんなのですか?」

土方は腕をくんで記憶の糸を手繰りよせる。

「喧嘩してるつもりはねぇよ。少なくとも俺はな。唯、思い当たるとすれば朝餉んときに俺があいつのおかずを喰っちまった事くらいか」

「まさかっ。永倉さんじゃあるまいし、それくらいのことで…」



「それくらいじゃありませんっ!!!」



その大きな声に二人が振り向くと、真っ赤な顔をした千鶴がお茶を乗せた盆を持って立っていた。

「千鶴?」

土方は千鶴の傍へ寄るが、千鶴は半歩後退ってふいっと視線を反らした。
すると土方は僅かに眉間を寄せ、逃げ腰の千鶴を腕の中に閉じ込めた。

「や………///」

「千鶴」

二度目をあえかに囁くと、千鶴は観念したのか、漸く口を開けた。

「…だって、私…から取るから…」

「沢庵のことか?あれは俺の好物だってお前も知ってんだろ?」

「だから歳三さんの分は余計に盛ったのに。よりにもよって、その…///」

途切れ途切れに零す千鶴の言葉を拾うと、土方は、そういうことかと理解した。

「お前が言いたいのは、俺がお前の口に入ってた沢庵を喰っちまったって事だろ?」

「!!!!!!!!///」
「っと!危ねぇ」

千鶴が落としかけた盆を、土方は寸での所で受け取った。

「そ、そんなにはっきりいわなくてもいいじゃないですかっ!歳三さんなんてっ!歳三さんなんてっ!」

千鶴は顔を真っ赤にして、土方の胸をぽかぼか叩いた。

「おいおい、頼むから嫌いだなんて、俺が一番こたえるような事言ってくれるなよ?」

「そんな…こころにもないこと言えません………けど」

「けど?」

「お願いですからもう、しないでください///」

「それはわかんねぇ。千鶴も沢庵もどっちも好物には違いねぇからな。そんなに嫌だったか?」

「嫌じゃないから…困るんす///食べかけを口移しでってだけでもはしたないのに///…」

「仕方ねぇだろ。お前に少しでも触れちまったら、朝からだろうが、我慢できなかったんだよ」

「歳三さんっ。全っ然反省してませんね?」

俯いて肩を震わす千鶴に、土方は腕の中の千鶴をそっと見下ろした。

「わ、わかった。少なくとももうお前の食いかけとったり、朝餉の途中に抱いたりしねぇから。だから泣き止んでくれ、千鶴」

千鶴の髪を優しく撫でる土方に、千鶴は漸く顔を上げた。

「本当ですか?」

「ああ」

「わかってくだされば、いいんです」

「千鶴…」

「歳三さん…」

素直にもたれかけた千鶴を、土方は今度こそ躊躇いなく抱きしめた。





そしてこの鴛鴦夫婦の一部始終を見聞きみていた島田は、出ていくきっかけを掴めぬまま、二人が気がつくまで別の意味で、居心地の悪い思いを強いられていたという。




End




あんたら、朝から何やってんのさってツッコミは、この二人には不用かと。
むしろ、好きなだけくっついていてほしいな(笑)

島田さん、ごめんよぅ


2010、11、23 日和 伽耶


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