‡桜月‡
□『風酔い』
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戻ってくると、輝く星の色が映える程に、空を宵闇が覆っていた。
「歳三さん、もしかしてずっとこちらで涼んでらしたんですか?」
「そう、半時ばかりな」
「いくら涼しくてもあまり長くあたっていると風邪を引きますから、もっとお体を大切にしてください」
だがそんな千鶴の心配をよそに、土方はくくっと喉の奥で笑う。
「もう!心配してるのに笑わなくてもいいじゃないですか」
「あぁ、すまねぇ。俺もそんな風に総司に言ってたと思ってな」
懐かしいその名に、土方の表情がふと柔らかくなる。
「お前に心配される俺は旦那の役得だからいいが、総司は俺なんかに口うるさく言われてたから、さぞ不満だったろうな」
「それでも…歳三さんの心配がわからない沖田さんではなかったから、ちゃんと聞いて下さっていたじゃないですか。大丈夫、歳三さんの気持ちは伝わっていましたよ」
記憶の中に残る、悪戯っ子のような顔を思い浮かべて微笑む千鶴を、土方は引き寄せた。
「千鶴。思いだしてやるのはかまわねぇが、そんなに優しく笑ってやるな」
「え?」
「お前が野郎のために綺麗に笑うのは俺が面白くねぇんだよ。総司でも…近藤さんでもな」
「私だって…皆さんのことを思い出してる歳三さんは凄く優しく笑うから、妬けちゃいます」
土方は千鶴の顔を覗き込むと、こつりと千鶴の額とあわせた。
「俺の内に住むあいつらごとお前のもんでも、か?」
千鶴は、こくりと頷いて土方に身を寄せた。
「はい。私、貴方に関してはとっても欲張りなんです」
「なら、俺もお前に関してもっと欲張りになんねえとな。千鶴、膝貸せ」
「え?」
言うが早いか、土方は千鶴を縁側に座らせてると、驚いている本人をよそに膝の上に頭を乗せて仰向いた。
「歳三さん?」
「……ちびどもが俺専用の膝枕の味を覚えちまったせいで、ここんとこお前を独占できなかったからな。俺のもんを取り返しただけだ」
「ふふっ」
「何だよ」
「いえ、こうして寝ていると、誠志そっくりだなって」
少し前に寝かしつけた長男の寝顔を思いだし、千鶴はくすりと笑うと、土方は紫の瞳を細くして、眉間を僅かに寄せて千鶴を見上げる。
「そいつは聞き捨てならねぇな。あいつが俺そっくりなんだよ。間違えんな」
土方の口調は怒っているというよりも拗ねているようで、夫婦として年月を重ねてきた千鶴は怯むことなく返す。
「そうでした。あの子は私達の息子で、貴方はそんな宝物を私に授けてくれた、愛おしい旦那様です」
「千鶴、お前…」
途端に土方は、横をむいて顔を隠してしまう。
「どうしたんです?」
「す、少し…酔った」
「え?でも…」
確かに顔の辺りは温かいようだが、何か呑んでいただろうかと、千鶴は心配そうに土方の様子を見たが、土方はより俯いてしまう。
「その、だな。風…そう、風にあたりすぎて酔っちまった。……少し寝かせてくれ」
千鶴は二、三度目をしばたくと、土方に気づかれないようにそっと微笑んだ。
「私は貴方の妻なんですから、お好きなだけ使ってください」
「………すまねぇな//
「いえ」
謝罪の後、程なくして聞こえてきた寝息に、千鶴は頬を緩ませ土方の髪を優しく梳いた。
「歳三さん。ゆっくり生きてください…私はそれだけでいいんです」
千鶴は眠る土方の頭に愛おしげに口づけた。
END
あとがき
土方家三部作のラストは、昔の事を思い出して、お互いにヤキモチを妬いてしまう、万年たっても新婚だろう土方夫妻の話です。
昔とは立場逆転して今では千鶴ちゃんに敵わない土方さんが可愛いなぁと思うんですが、皆さんはどうですか?
見所はずばり、土方さんの苦しい言い訳です。(大笑)
では
2011、8、7 日和 伽耶
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