『ロマンチスト×エゴイスト』 T

□ブラックアウト
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1、ブラックアウト

「忘れるな、お前が生涯最後に呼ぶ名前だ。」



 体を動かす度に走る刺すような痛みより、馴染みの無い甘ったるい香りの息苦しさに目が覚めた。


 起き上がるより先に首を傾けると、サイドテーブルに活けられた真っ白い花に目を留め、顔を曇らせる。

(これか…。)

 成熟し腐り落ちる果実の様な匂い…だと思ったそれは純白の大きな百合の香だった。
花瓶から溢れる勢いで重そうに俯く大輪の花。
その香が窒息しそうなほど室内に立ち込めていたのだ。
「…。」

 反対側に視線を変えると自分の私物をぎゅうぎゅうに詰め込まれた旅行鞄が、無造作に投げられていた。
かといってここは自分の知る昨日まで寝泊りしていた部屋ではないし、自宅とも違う。

 花と同じ色の真っ白な壁は生活感がなく、正方形の空間。
「病室…?」
 窓の外は既に陽が沈んでいる。
絵に描いたような病院の個室で、丸一日自分の意識が無かったことを知った。

 昨日…昨夜…俺は何をした?

纏まりきらない記憶を手繰ろうと闇色の髪を軽く掻き揚げる。
その動きにさえ痛みを伴う身体を、腕で支えながらゆっくりと起き上がり…。

「…ぐ…ッ!?」

 突然、背後から狙ったように肩の傷口を両手で押し込まれ、再びベッドに沈む。


(!?)
 その腕は青白く華奢。しかし女の力では無い強さでぎりぎりと爪を立て、丁寧に巻かれた
包帯に紅い染みを広げた。
痛みに耐える頭上から押し殺した笑い声が聞こえて来る…。

(いい加減に…。)
 そう怒鳴り散したい。

 状況も解らず目が覚めたとたんのこの待遇は、短気な性格ではないにしても許容範囲を越えていた。
自分を抑える手を乱暴に掴み剥がすと、先ほどまで意識が無かった人間とは思えない
俊敏さで反転し、相手の首に手を掛け壁に投げつけた。
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