『ロマンチスト×エゴイスト』 T

□ホワイトグラウンド
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2、ホワイトグラウンド

「おはよう、初めまして、意。今日は何処に行こうか?」




 岩と砂の中に通じる一本の国道から彼方に見える有刺鉄線、軍の私有地にも似た住居区域の最奥
に王宮の様な建築物がある。

 その一室は近代的な美術館を思わす簡潔なフロアで、磨かれた象牙色の床には塵の一片も落ちてはいない。
天井は高くアーチを描き、その下では精悍とした青年達が数人で横に規律正しく並び、
白い軍服めいた制服を着て真っ直ぐに目の前の的を撃ち抜いていく…。

プラスチック弾を撃つ銃声がなければそれとは気が付かない。不必要に優美な構造の建物は、とある組織の射撃練習場。
少しでも自らの腕を上官の目に留めてもらおうと、まだ何処にも属さない新鋭が躍起になっていた。

 …ある、一人の人物を除いては…。


「あーかーねーっ!!この馬鹿野郎がっ!
銃爪を引く時目ぇ瞑る奴がどこに居る!」


 鋭いバリトンの怒声が室内を駆け抜けると、辺りは一瞬にして静まり返る。

 張り詰めた空気の中で青年達に威圧的な眼差しを送っていた教官らしき男が、一人異色を放つ極彩色に歩み寄ると頭をがっしりと掴んだ。
明るいチェリーピンクの髪がびくりと跳ね、そろそろと顔を上げると乾いた声で笑う。
「だって…当たったら怖いし…な…なんて♪」

 無謀な一言に周りが一斉に蒐と呼ばれた青年を見た。

そのマイペースぶりに緊張を解く者もいれば、明らかに嘲りを含む者も居る。
 数ヶ月前に行われた入隊試験に合格したものの、実技は戦闘力皆無な新入りに周りの目は冷ややかで、特に力を重視するこの教官…馨には何かと目の敵にされていた。
まるで話にならない程の命中率。何よりも本人に向上しようという気が見受けられない。
特別生真面目な性格の馨はそれが腹立たしくて仕方がないのだろう。

「お前の恐怖心など知ったことか!!当たれなければ周りが迷惑する!」
 背は高く、刃の様な目と立ち姿。
きっちりと着込まれた制服に、細く結った長い髪が軍帽から零れる。
それだけでも十分後輩に恐れられる、射撃場管理の「鬼」教官は軟派な笑顔を一蹴し再び銃を構えさせた。
「前を見て指を引くだけ、一番簡単な…。」

何故か楽しげな表情で頷く蒐に気が付いて、馨が足を打ち鳴らす。
「真面目にやってるのにな〜。」
 そうぼやきながら、両手でグリップを握り的の中心からやや下を狙って引き金を引く。
マニュアル通りのフォーム。
何処も間違いはない…筈なのに。発射された弾は的を大きく外れ、射撃場のどこかの壁に
跳ね返り金属質の音を立てて消えた。


「ん〜???」
自分の撃った痕跡を探して人見知りの知らない瞳をきょろきょろを彷徨わせる。
隣に居た一人と目が合い、蒼白な青年が「あ…あれ…。」と指をさす…方向には。


 ただならぬ殺気を注ぐ馨が怒りに肩を震わせている。
「貴様…いい度胸だ…。」
自分の額の前に翳した拳を開くと、見覚えのあるプラスチックの弾がポトリと落ちた。

「わあ、さすが馨教官!素手で受け止めるなんてすごいなあ…あは…あはは。」

 ぶちっ。

 白々しくその戦闘力を褒め称える蒐に、馨の「相手は新人だから」という譲歩の線がブツリと切れる。
「蒐!今からそのふざけた神経叩き直してやる!!来い!」

「ひーーーー!!」

 これが世界に飼われた死の天使…秘密結社の訓練施設での一幕。
蒐と馨の挨拶のごとき日常行事。
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