『ロマンチスト×エゴイスト』 T

□クリミナルホライズン
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3、クリミナルホライズン

「今日の空は蒼いか?」






 なんという失態だろう。

 馨は目にした光景に全身の血が干上がるような気がした。


 数々の困難な筆記、実技、道徳観による試験をくぐり抜け、やっとのことで組織の一員となった
最初の任務は、自宅に戻った一人の連続殺人鬼を断罪するだけの、ごくシンプルな任務だった。

「エンゼルメーカー」の執行官はよほどの地位が無い限り通常2人一組で行動する。
まだ何の十字も持たない馨には当然ながら上クラスの執行官が着けられた。

武装しているテロリストに比べれば、単独犯である人殺しを消すなど容易い。
そう肩を叩かれて、やっと力の入った胸を撫で下ろす。
いくら頭で考えて正当化しようとも「殺人」であることには変わりがなかった。

 夜の暗闇に乗じて侵入し、無防備の「犯罪者」を処刑する。
依頼主が国家というだけでしていることは殺し屋と変わらない。これが「エンゼルメーカー」の役割なのだ。

 要領として受けた説明はまず相棒が中に入る。
その後、標的を見つけ次第行われる合図を共に自分も踏み込み、男を殺す。
何の問題も無い。


 初めての十字架を纏う任務は、そんなごく簡単な仕事の筈…だった。

(…どっちが標的だ!?)
 賢明な判断が出来る冷静さは何処にも無い馨が、銃口を目の前の『2人』にうろうろと彷徨わせる。

絶望的な状況下でやっと自分の犯したミスに気がつく馨が見たものは、
狭いワンルームの室内で倒れる相棒と2人の男の姿だった。

「初心者向けの作業だよ。ガンバッて♪」
そう快く送り出してくれた上級天使。
けれどその赤い髪の青年が満面の笑顔で渡してくれた書類には、肝心の標的の顔写真が
抜けていた。
それに気がつかず此処まで来たのは、絶望的な…自分のミス。
相棒の合図に頼りきっていた安易さが招いた最悪の事態。
―殺す相手の顔を知らない。なんて!!―

 唯一顔を知っている馨の相棒は、床に血の海を作り短く荒い呼吸を繰り返す。
うつ伏せである背中から長い金属辺が突き出ていた。
倒れた体の重みで凶器が貫通したのだ。
それを挟み部屋の両壁に男が各一人、べったりとしゃがみこむ。

名前を尋ねても自分が「エンゼルメーカー」に断罪される、その当人だと言う筈も無い。
互いに凶器のナイフを突きつけ牽制しあっている最中の2人と、
部屋の真ん中にはまだ微かに息のある自分のパートナー。

 このまま見逃せば、たくさんの命を踏みにじった男は、二度と姿を現す事はないだろう。
どちらかを殺すしか選択は無い…が、間違えば自分がただの殺人者になってしまう。

そして何よりも、瀕死の相棒を見殺しにすることになる…。

(落ち着け…こんな時こそ、だ。)
迷っていると悟られれば自分と、パートナー、片方の男…の命が取られかねない。
生まれつき鋭い眼光を、険しく歪めて馨は双方を交互に見た。

一人は錯乱し、血の付いたナイフを振り上げ威嚇する。
一人は帰り血を浴びながらも床に座り込み、ゆるゆると懇願する様に首を振っていた。

(どっちだ…。)
 …解らない。

どちらも演技のように見えるし、真実の様にも映る。

経験も知識も乏しい自分には、判断がつかない。
けれど…。
胸を上下させて呼吸を繰り返し、床に広がる紅い水溜りの中に浮かぶ仲間を見た。
迷っている時間は無い。

 馨は意を決し、今にも自分に斬りかかってきそうな男の方へと引き金を絞った。
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