2SEASON

□ディパージャー・モニュメント
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8、ディパージャー・モニュメント



RE2、新章始動。





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『閂』

 陽よりも華やぐネオンの都市から郊外に広がる砂礫の海原は宵闇の許、静かに塵丘の姿を変える。
道標の代わりに映える仙人掌を繋ぎ、蛇足的に伸びる唯一の車道を辿った先に彼等、
「天使」の本拠地はあった。

 有刺鉄線と城壁に囲まれた要塞には訓練所と宿舎、最低限の生活に困らない程度の売店。
 そして最も巨大な白い石壁の建築物。
 四人が集う、開かずの間はその更なる奥にひっそりと存在していた。
人影も無く灯の着く事も無い、一体誰が使うのかと訊ねても殆どの隊員が首を横に捻るほど記憶から遠ざかっていたが今夜は違う。訪問者が居るのだ。

 外界の砂漠から一転し、人工的に美しく成らされた森林の中庭を抜け、今にも切れそうに点滅する街灯と煉瓦の道を真っ直ぐに進む。
 普段着なれない白い制服は濃紫の髪、褐色の肌、緑瞳を持つ彼の色彩を際立たせ、強張った表情もいつも以上に険しく、暗い。

 奪った罪人の命を示す多くの纏った十字架が重なり、金属音を小さく打ち鳴らしていた。
 他の隊員が一様に素知らぬ顔ですれ違い、注がれる怖々とした視線にも臆さない背を振り返る。
 かつて向けられていた敬意は失望に代わり、非難、侮蔑、全てを受け止めながら青年は一歩、閉ざされた扉の先に足を踏み入れた。


「失礼致します」


 深く頭を垂れ一礼し、再び顔を上げれば月光のみが部屋を照らす暗室の上座に座る人影が、読み終えたばかりの書類を円卓上でトンと叩く。

「では、君の見解によると彼の凶行は一時的な物だと。
過度な精神的ダメージにより、フラッシュバックした「だけ」だと、そう判断するのだね?」

 黄昏色の淡い金髪に、透き通る氷山の碧眼を湛えた少年は穏やかに、確かめる様閂に訊ねた。
ゆったりとした上品さが窺える声音にはどこか嘲りも含む。
 リーダーらしき少年が詰問を始めると円卓の中心に背を向け、腰を下ろしていた三人の身体は瞬時に宙を舞う。

 華奢な体躯と影の様な身のこなしと重く圧し掛かる殺気の姿。
彼等には体格も、纏う雰囲気も、制服の仕様も統一性が無い。
共通する箇所があるとすれば、少年の意志に共鳴し言葉を介さずともアクションを起こす、という件だろうか。

「精神的負荷とは都合の良い口実だな。快楽的殺人ではないという根拠と治る保障は?」

「きっかけが何であれ罪には罰を。命には命で償わせるより他は無い」

「「我々」の中に食人鬼が居るなど虫唾が走る!腐りきった腑と脳髄を引き摺り出してくれる」

 エンゼルメーカー中枢幹部。四大天使の内、ガブリエル、ラファエル、ウリエルの呼び名を持つ三人は閂の細頸を刎ねる勢いでそれぞれの剣を交差させミカエルの許可を窺う。
「ミカエル」と称される最高幹部、命(ミコト)は満月を背に深く腰を下ろしたまま、じっと入口に立つ青年に微笑みを向けた。

「…と、彼等は云っているが?」

 剣と恫喝に恐怖を浮かべる事なく、正面だけを見据える強気な閂を可笑しそうに眺めればはっきりと言い返す。

「元々彼の健康状態は万全では無かった。
療養中にも関わらず敵からの連れ去りを赦し、救出までに徒労を費やした全ての責任は私にあります」

 咎は自分にあると、訴える真っ直ぐ向ける眼差しを受け止め、命は組んだ手に顎を乗せた。

「随分庇うじゃないか。それほど熱く告白されると奪いたくなる、けど」

「『智天使執行官、閂。現時刻より任務を無期限に停止、及び全ての権限を剥奪する』
今件は以上、終わりっ!」

 報告書にサインをし、そう書き加えると構えていた三人はそれぞれ身を退く。
命が決めたのならそれは彼等の意思でもある。

 白銀に光る剣を収め、自分から離れる大天使に内心ほう、と胸を撫で下ろす。
常に四人で行動する彼等のうち、最後に止めを刺すのは命だけ。
他の三人は死なない限界まで獲物を刻む。彼等は子供の無邪気さで残酷に人を嬲り殺すのだ。

―その光景を見るのだけは、耐えられそうに無い。

「寛大な処置に感謝します」

 とだけ告げ、閂は中央の円卓に自身の装備品を並べた。
黒い柄の剣、十字架。階級章と身分証。

 今から自分は部外者だと告げられてもさほど惜しくは無い。
いつか任務中に死ぬ。ずっとそう思って生きて来た閂には、もっと強い喪失感があるだろうと。
 大天使達でさえ予測していたがさほど辛くは無い自分に驚く。

 どこか清々しい表情で頭を下げ、踵をくるりと返すとドアノブに伸ばした手を背後から掴み上げられる。

「命は「全て」と言った筈。その制服も脱いで行け、今のお前に着る資格は無い」

 振り返ると長い銀髪に一房、深紅のメッシュを淹れた青年が冷徹に閂を見下ろしていた。

「出たよ〜、仄(ホノカ)のむっつり変態趣味が」
「ああ。まさに下衆の極みだな」
 呆れ顔で真っ先に部屋を出て行くガブリエル。不快を露わにし仄を睨むウリエル。
仲間の批判も意に介せず、ラファエルは続ける。
「下衆で結構。堕落した者にかける情など無い」
「…。」
 掴んだ手首から、仄の指が呼吸する胸元のボタンに滑ると粘着質な仕草にぞわりと身を震わし、閂は眉を歪ませる。
 羞恥に耐える健気な姿は相手をどんな場合にも高揚させる物だ。

 しかし、残念ながら。彼は幼い外見よりもずっと漢らしい気性の持ち主。
艶めかしく浮き上がる鎖骨が露わになった瞬間、閂の忍耐力も同時にぶつりと解けた。

 空いた片方の手で偉大なる大天使の腕を捻ると派手にシャツを引き裂く。
拾えとばかり、床に脱ぎ捨てると二度と踏み入れる事はない審問部屋を後にした。



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