『ロマンチスト×エゴイスト』 T

□リプレスバウンド
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 男は驚愕に瞳を見開いたまま、扉に浴びせた己の血を滑って床に座り込む。
紅の帯が縦にべったりと描かれ、独自の異臭が湿度を汚す。
 指示通り貫通した弾丸を回収し、円は室内へ足を向けた。

 仕切り扉を押し開くと、帰宅跡が無いままのリビングルームが冷えた沈黙で円を迎える。
灯りは付けず視線を流すと目的の物は直ぐに目についた。
(これか…)

 壁に立て掛けられた沢山のスケッチ画と小さなキャンバス。
乱雑に積み上げられている油絵の一枚が、実物と違わぬ微笑みで其処に描写されていた。

「鼎と簓…」

 誰に見せるでもなく、趣味として絵を描く彼は偶然に…あるいは不運にも。
二人に遭遇し筆を走らせたのだろう。
まさかそれだけの理由で殺されるとは知らずに。

 『名画は作者が死んでこそ価値が上がるものだ』

「何故殺してまで奪う必要が?」そんな円の疑問も壊れた微笑みに容易く塗り潰される。
彼の答はいつも明快でシンプル。

 いつだって悪意の無い狂悪さに満ちている。


「…逢わなければまだ生きていられた、か」
 まるで自分の事を言っているかの様に。
無意識に呟いた独言にすら気が付かず、円は描かれた鼎に手を伸ばした。
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