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□for 不死蝶企画 02
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「そいつ、銃隠し持ってるかもしれないから。身体検査は慎重にね」
グレイの機嫌を損ねたくない従僕は、その命令を聞いてシエルのズボンを下着ごと脱がせてしまった。鉄鎖によって、肉付きの薄い膝が僅かに床に届かない程度の高さで吊されている。両腕から徐々に血の気が引いていくのを感じた。
連れて来られる間、シエルは目隠しされていなかった。来るのは初めてだったが、どうせ旧知のグレイ伯爵の屋敷なのだから、その必要はなかったのだ。海風の吹き付ける馬車の窓から外を眺めていると、緑の田園の中に美しい森に囲まれた大きな白い館が現れた。シルバーウッドと名付けられた庭園の細い道の両側から、真っ赤なアザレアやLoder's White―珍しい品種の石南花が覆い被さるように咲いていた。そのときシエルは気付いた。ファントムハイヴ邸の白薔薇は、主人である自分の目線に合わせて剪定されているのかもしれない。城館の壮大さも庭の広さもさして変わらないはずなのに、妙に圧倒されるのはそのためかと思った。ハンカチの木の白い苞葉が薄気味悪く揺れていた。嫌な館だと思った。
御者が庭番にシエルを預けて馬車を仕舞いに行き、庭番がエントランスで従僕に引き渡した。
「いい格好。そこまでやれとは言ってないんだけど」
グレイは黒い靴を嵌めた細い脚をシエルの少し前で止め、ソーサーを左手に持ったまま紅茶に口を付けた。
刺し殺すような勢いで睨み付けたが、グレイは平然としていた。計算通り、といった顔だった。シエルが仕事のためにノーサンバランドを訪れることは、前々から調べていたのだろう。
「何故、あの執事は生きているの?」
むき出しになった脚のせいか、グレイの声の冷たさのせいか、シエルはぶるっと身体を震わせた。
「ボクが確かに、殺したはずなのに」
「…あれは僕の一番大事な駒だ」
もう一度襲ってきた震えを追い払うように、低い声を豪奢な部屋に響かせる。
「そう簡単に、死ぬ駒じゃない」
グレイは銀色の鞘を抜くと力いっぱいシエルを殴り付けた。
「悪霊の棲処<ファントムハイヴ>には口寄せの魔術師でもいるっての?それとも幽霊?ボクは、剣で切れるものしか信じないんだから」
「グレイ」
重い扉―シエルはグレイの言葉を聞きながら、何度も、セバスチャンが入って来るないかとその扉を振り返った―からフィップスが現れた。彼はグレイとシエルを交互に見、咎めるような口調で言った。
「こんなことを…陛下のお耳に入ったら、ただではすまないぞ」
「フン、お前とジョンさえ黙っていれば、伝わりっこないだろ。フィップス、こいつの執事がどうしてピンピンしてるのか知りたくないの?」
フィップスはシエルに近付くと、柔らかい絹のクッションを華奢な足の下に入れてやった。
「…彼の服は?」
「知らない」
フィップスは小さくため息を吐き、グレイに部屋の外で話そうと目で合図した。グレイは憎らしげにシエルを一瞥すると、フィップスの後に続いて部屋を出て行った。
どれくらい時間が経っただろうか。
シエルは幾度か寒気を感じ、生理現象の近いことに気がついた。
「…おい!」
繰り返し呼ぶが、人が来る気配はない。
セバスチャンは何故助けに来ないのか?采配ミスの招いたことだと、どこかで冷笑を浮かべながら眺めているのだろうか。