Rose branches
□Rose branches -22
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庭園の木々に、細かい雪が吹き付けていた。
長い廊下には寒気が忍び込んでいたが、頑丈なポーランド石の宮殿は吹雪ごときではびくともしない。
天井の高さに、自分の小ささを思う。
嫌いではなかった。
ただ、あの二人のいる場所には届かない気がした。
軽蔑も、していた。
自分がグレイの恋人であれば、この腕の中で大事にして、他の男になど触れさせはしないのに。
鬱々と閉じられていた扉を開け、部屋の暖炉に火を入れて再び廊下へ出る。
ジョンは『暴れん坊伯爵』を見るときだけ、女王や二人のチャールズから離れて一人の時間を持つことにしていた。寒い日には、こうして放送が始まる少し前から部屋を暖めておくのである。
そんな子供っぽい自分も、女王がモデルだと言われている『暴れん坊伯爵』の傍にいるゴーグルを着けた側近も、嫌いではなかった。
ただ、届かないものが、あった。
「何してるんだ」
ティーセットを乗せた銀のトレイを手に、しばらく立ち竦む。折角暖めた部屋の暖気が身体をすり抜けていくが、中にいた思いがけない人物は、自分の咎める声も気にかけず平然と座っていた。
「お茶があるなら、ボクもカップ持ってくるんだった。お菓子はないの?」
そう言って、にっこりと笑いながら「早くおいで」とばかりに自分の横のクッションをぽんぽんと叩く。ジョンは苛立ちながら、テレビの横にある置時計に目を遣った。ニコラ・クストゥのバルカン像の小さなレプリカが支えている文字盤は、放送まであと二分もないことを示していた。
「フィップスは?」
「まだ仕事。『暴れん坊伯爵』だっけ?見るんでしょ。邪魔はしないから」
その言葉にようやく苛立ちを静め、扉を閉めてトレイを置く。
「…飲むか?」
「じゃあ、一口だけ」
注ぎながら、何故今日に限ってアールグレイを淹れてしまったのかと悔やむ。ラプサンスーチョンをブレンドした渋みのある香気が、肺腑に重たく沈む気がした。
「ありがとう」
飲み終えたカップを目線より上に上げ、トレイに置く。その湯気が消えないうちに、わざと持ち手を左にして口に運ぶ。『暴れん坊伯爵』はもう間もなく、始まろうとしていた。
テレビがついている間、グレイは黙って画面を見つめていた。
時々台詞や登場人物についての感想を言うと、「ああ」「そうだね」などと短い返事が返ってきた。
何故部屋に来たのか?何を考えているのか?美しい横顔からは読めない。今のシーンでどう思っただろうか、紅茶だけで腹をすかしていないかなどと気にしているうちに番組は終わってしまった。
「ねぇ、もうすぐバレンタインだね?」
立ち上がってテレビを消すと、グレイが先ほどまでの気のない返事とは打って変わって、艶やかな声でそう問いかけた。
「そうだな…陛下がケーキをお作りになるそうだ」
「へー!じゃあ、楽しみにさせてもらうとして…」
ソファに戻ったジョンの手を握り、ゴーグルの中を覗き込む。
「ジョンは、ボクからのプレゼント、欲しい?」
「欲しい」
考えるより先に言葉が出てしまい、慌てて「いや、別に…」と打ち消す。
「どっち?」
「……」
ティーポットの中のアールグレイはきっと冷めているだろう。
が、グレイの手は柔らかく、温かかった。
「…欲しい」
他に、道はないようだった。
ジョンがそう答えると、グレイは「欲しい?」と愉しげに繰り返した。
「じゃあ、ボクのこと、好きってこと?」