Rose branches

□Rose branches -23
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暗中浪漫

(1889年2月13日23:00 月齢13.202 月の輝面比 94.380%)

 千重咲きの白椿から黒い蝶が舞い、三日月型の地球照に消えてゆく。明日の入り口は星雲の影に隠れているのに違いなかった。セバスチャンは花のようなドレスに身を包んだシエルの身体を抱いて、屋根の上に躍り出た。潜入捜査を終え、懐には証拠となる一枚の羊皮紙を携えていた。
 
「森の向こうに馬車を待たせています。お疲れでしょうが…」
「いい、歩く。空ばかり飛んでいては、見つけてくれと言っているようなものだ」

 細い首に巻いた赤い真珠に絡まる鬘の髪を重たげに直し、絹の層を掴む。月明かりの疎らに差し込む森を、セバスチャンが先導する。枝を掃うたびにはらはらと枯れた葉が足元に落ちる。薄闇の中で、漆黒の背中は夜の門のように視線を吸い込んだ。

「坊ちゃん」

 ふと、セバスチャンがシエルの身体を傍らのマウンテン・アッシュの木から遠ざけた。何か毒のある虫でもいたらしかった。小さな葉に隠れた赤い実がスローモーションのように揺れた。黒い腕がデコルテの直ぐ上を抱いていた。慣れた香りに少し、気が緩む。セバスチャンは目敏く噛み殺した欠伸を見つけ、手袋を嵌めた手でシエルの頬を撫でた。

「ふ…やはり、お疲れのようですね」
「…服が重いだけだ」

 森の出口は直ぐそこだった。馬車は、魔法のかかったようなオークの大木の横に静かに停まっていた。

「はぁっ…」

 紅い天鵞絨の座席に凭れ、鬘を外す。仕事をやり遂げたあとの満足に、固い口元を緩める。揺れる馬車から月の秤動が見える―と、いつの間にか隣に座っていたセバスチャンに、抱きしめられていた。

「…っ、何…」

 蝋のような口紅が指で拭われる。
 素早く唇を奪い、手袋を咥えて外すと、ドレスの胸元を這うパールを一粒一粒なぞった。指とは異なる淫猥な感触に、シエルは思わず息を飲んだ。

「服が、重たいのでしょう?」

 幾重にも巻いた赤いブレスレットの留め金を外し、軽い両手首を捕らえる。そのまま座席に寝かせ、ガーネット・カラーのヒールを恭しく脱がせる。

「…ああ。早く脱いでしまいたい」
「…御意」
「でも、このままじゃ嫌だ」
「…?」
「お前の瞳に、月の光が映ってる」
「邪魔ですか」

 セバスチャンはツインテールの鬘のリボンを抜き取り、自分の目を隠した。手探りでシエルの胸元に触れ、再びパールを辿って、指を下へ下へと伸ばした。

「んっ…」

 ネックレスから指を離し、そっと胸元をはだけさせる。コルセットの紐を切り、既に固くなっている赤い突起を、真珠と同じように指で押した。

「は…ぁっ」


―月の病、錯乱。

(これ以上、狂えば…)


 パニエに潜り込んだセバスチャンの指が、濡れ始めたその先端を探し当てた。

「ああっ…」

 月は目を開こうとしていた。その目に見られ、セバスチャンの手に愛撫され、揺れる馬車の振動の上で、身体中が泡立つのを感じた。

(1889年2月14日01:00 月齢13.660 月の輝面比 96.299% )


END

<後書きがあります…!>
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