ReBirth

□ReBirth -07
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パズル

 暖炉の中で、窓の汚れを拭き取るために使った昨日のロンドン・タイムズが燃えていた。

 二、三秒その様子を眺めてから、傍のテーブルでパズルのピースを嵌めているシエルに「失礼します」と声をかけ、階下へ下りる。

 アフターディナー・ティーのトレイを携えて再び書斎を訪れたときには、小さな灰を浴びた石炭だけが、赤い熱を抱えてゆっくりと呼吸のような瞬きを繰り返していた。

「さっきから、何故そう火を見る」

 パズルに視線を向けたまま、シエルはセバスチャンに問いかけた。

「いえ…幾度こうして、人の営みが灰になるのを見てきたかと」
「お前はその火の中に、どれくらいの秘密を隠した…?」
「ふ…、どういう意味でしょうか?」
「お前と契約して、堕落する人間の姿だ」

 顔を上げて、アフターディナー・ティーのカップとソーサを受け取る。パズルは先程より、だいぶ進んでいた。

「私が堕落させたのでは、ありませんよ。私はただ、彼らの望みを叶えただけです」
「悪魔と契約して、幸せになった話は聞かない」

 ソーサを置いてしまうと、パズルの鎮座している胡桃のテーブルには、もう明かりの映る隙間さえなかった。セバスチャンが差し出した皿の中からパヴェ・ドゥ・ショコラの一つをフォークで取り、口に運ぶ。

「何故だろうな…望みが叶って、金や名誉や、欲しいものが手に入ったというのに」
「それはやはり…無理に継ぎ足した部分だからでは?」

 セバスチャンはそう言うと、手の中でシエルがつまんでいるのと同じピースを作り出した。

「あっ」

 もう一度手を握って開くと、他のピースが何枚も、まだ嵌めていない欠片の山に落ちていった。中には明らかに、大きさや色が合いそうにないものも含まれている。

「…何を、」
「悪魔との契約は、この複製されたピースのようなものです。自分の一生というパズルに、無理やり違うピースを嵌めようとする。そうすると、本来嵌まるはずのピースが余ったり、パズルが永遠に完成しないまま終わってしまったりするのです」
「…僕も、そうか。一度終わるはずだったパズルを、無理矢理つなげている」
「いいえ」

 セバスチャンは作り出したピースを全て消すと、元々の山の中から一枚をつまみ出して言った。

「坊ちゃんは…パズルの真ん中です。私という存在すらピースの一つに変えて、新たな一枚を完成させようとしていらっしゃる」

 シエルは黙って、再び紅茶を口にした。

 セバスチャンの言う通りなら、そのパズルは一体どれほどの大きさで、どのような色彩で描かれているのだろう。
 そしていつ、どんな形で完成するのだろうと思った。

「それでも、お前の言うように…僕のこんな営みも全て、いつかは灰になる」

 そう、それでも。

 ただ地に還るだけでなく、魂がセバスチャンに委ねられること、それは逆に希望であり、歓びなのだと思った。

「…僕は、契約してよかった」

 セバスチャンは思わず、落としそうになったショコラの皿を持ち直し、口に手を遣った。

「―…」
「お前、ショコラが溶けかかっているぞ」
「…坊ちゃんが、不意打ちをなさるからですよ」
「悪魔のくせに…」

 シエルは再び軽快にパズルを嵌めていった。セバスチャンは紅茶とショコラをトレイに下げ、暖炉の火を掻き混ぜた。テーブルの端に、パズルの箱が置かれていた。ファントム社の試作品で、同じシリーズのものを十種類発売する予定だが、完成予想図が描かれるべき箱の表は白く、ロゴの他には何も描かれていなかった。

「完成予想図なしで、よくそのスピードでピースをはめられますね?絵を一度ご覧になって、覚えていらっしゃるのですか?」
「いいや…大まかな案は出したが、絵はまだ見ていない。見てしまうと面白くないからな。…パズルは他のゲームと同じで、定石がある。まず、直線部分だけを選んで並べる」

 確かに、夕食の前には、テーブルの上にクラスト部分だけにした食パンのようなものが乗っていた。

「普通はそこで、色ごとにピースをわける。このパズルは白黒だが、文字の一部分を含んでいる部分がある…それを少し組めば、絵のヒントとなるマザーグースの一節が現れる。これはナンシー・エティコートだ」
「なるほど」

 セバスチャンはトレイを持つと、再び「失礼します」と言ってドアから出、階下へ向かった。

 急いでバスの準備をしなければならない。

 明々と燃える手燭を手に、主人の部屋を訪れる執事の絵は、もう間もなく完成しそうだった。

‘Little Nancy Etticoat,
With a White petticoat,
And a red nose;
She has no feet or hands,
The longer she stands
The shorter she grows.'


END



読んで下さって、ありがとうございました…m(__)m

最初にジグソーパズルを作ったのはロンドンの地図職人さんだった、とか…。

眼科医のアーサーさんが暖炉に秘密を隠したように、セバスチャンもまた…と、アニメ1期でロンドン大火のことを言っていたなぁなどと思いながら書きましたです。

絵の下にNancy Etticoatと書かれている…このマザーグース(身体が白くて鼻が赤くて、手足もなくて、ずっと立っていると小さくなる)の答えは…

というわけで『手燭を持った執事の絵』でした(;・∀・)
『蝋燭の絵』ではパズルとして簡単すぎるかなと思い><

お粗末さまでありました…!

参考:図解 マザーグース(河出書房新社)
(2012/03/13/午前 UP)
 

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