ReBirth

□ReBirth -10
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「おはようございます、レドモンド先輩」
「…!」

 赤い貴公子はびくんと肩を震わせ、振り向いた。
 ネクタイを握る手に、力がこもる。

 計算通りに、やらなくては。
 どうしても、手に入れたい。

「ああ、入り給え、ファントムハイヴ」

 レドモンドは右手でネクタイを握ったまま、左手でベッドの天蓋から垂れるドレープを持ち上げた。

「どうぞ、こちらへ」
「…失礼します」

 シエルは声のするほうを見、一瞬躊躇った。が、凛々しい靴音をさせてそちらへ一歩踏み出した。

 戸惑ったのは、ドレープの影に、まるでクールベの裸婦でも隠れているかのような、妖しげな空気を感じたからである。

 ベッドの手前にある大窓から、朝の白い光が流れている。
たっぷりと持ち上げられたリラ色のドレープと、その下の長い金髪は、どちらも光を反射して眩いばかりに輝いている。更にその下で、目を疑うばかりに輝いているのは襟元からのぞく滑らかな首筋。それらが編み出す静かで荘厳な調和の中で、一点、赤い唇が艶かしく動いている。
 
 レドモンドの巧妙な演出であった。リラ色のヴェルベットと黄金の髪、白い肌とよく手入れされた唇の赤、その奏和が如何に目を惹き付けるか。

 あとはこちらのペースに持ち込んで、『寮弟の時間』以外に、何か用事を見つけて再びこの部屋に呼ぶのだ。
 
 レドモンドはシエルが入るのを待って、左手を下ろした。ベッドの周囲は、まだ眠りの精が何処かにひそんでいるようだった。暖かい空気が横たわっていて、寝酒に飲んだらしいホットワインの香りが微かに感じられる。
欠伸が出そうになるのをこらえながら、シエルは何故、レドモンドが今ネクタイを結んでいるのかと訝った。既に一度、着替えて朝食を済ませているはずである。

「着替えの最中で悪かったね。朝食の後と夕食の前には、シャツを替えることにしているんだ」

 勿論、ネクタイを締めているところでシエルが入ってきたのは、「計算されたタイミング」に他ならない。『美しい学生の惹かれる仕草ベスト10』−そういう記事は、何度取り締まられても校内新聞の隅に復活するのである。

「…そうですか」
 
 先程感じた『妖しさ』はもう、完全に薄れてしまっており、残念ながらシエルにはその仕草も何ら功を奏さない。

 シャツを日に何度も替える−学生でありながら、そうした『貴族的』習慣を固持する様を、さすが、と言うべきか、当然、もしくは下らない、と言うべきか?郷に入っても郷に従わない人間、特権とはまさにそうした人間が振りかざすもので、要するに自分のスタイルから抜け出せない…

「さて…今日は、どのウエストコートが良いと思う?」
「はい?ええと…」
「君に選んで欲しいんだよ、ファントムファイヴ」

 冷たい思考はシールされ、色とりどりのウエストコートが目に飛び込んでくる。

 シエルは面食らいながらも、こういう場合にどう言えばいいのか、セバスチャンの口調を思い出しながら二枚のウエストコートを選んで言った。



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