The Secret Garden

□The Secret Garden-08
1ページ/5ページ


 オーブンの中では丁寧に巻かれたクロワッサン生地のバターが溶け、ふわふわとした層を作り出していた。傍ではライ麦の入ったパン・ド・カンパーニュも焼かれており、厨房全体に香ばしい匂いを漂わせている。
 セバスチャンは銀のワゴンにパンを入れるバスケットを置き、縁に細かい模様のプレスされたペーパーナプキンを広げた。パンが焼き上がったら、紅茶を淹れて、冷めないうちに主人の寝室へ持って行かなければならない。全て完璧にこなすのが「ファントムハイヴ家の執事」である自分の仕事だと、仕え始めたその日から心得ている。

 ワゴンを押して長い廊下を歩く。黒胡桃のドアをノックし、一日の始まりの音を響かせる。セバスチャンは返事を待たずにドアノブに手をかけた。朝だけは、そうしてもよいことになっているのだ。これはあくまで主人を定時に起こすためであり、不埒な目的のためではない。
 が、この日のシエルはいつもと少し様子が違っていた。



「お疲れが、とれませんでしたか?」
「よく、眠れなかったんだ…」

 返事をしながら身を起こしたシエルは、朝の陽光の中で、重たそうに睫毛を上下させていた。ほぼ徹夜に近かったのかもしれない。

「本日はファントム社の予定がいくつかございますが…どれも急を要するものではありません」

 そう言いながら、主人が飲み終えたアーリーモーニング・ティーのカップとソーサを受け取る。

「昼まで、お休みになられては」

 食器の触れ合う音も、外から聞こえる小鳥の囀りも、全ていつも通りの朝だった。シエルだけが、違っていた。

「…そう、する」
「では、食器を片付けて参ります。どうぞごゆ」
「セバスチャン」

 顔と枕の間から、弱々しい声が聞こえる。

「はい」
「用が済んだら、戻って来い」
「…クス。かしこまりました」
 
 一礼し、ワゴンを押して部屋を出る。

(時々、甘えの虫が出るようですね)

 燕尾服を揺らしながら、愉快そうに廊下を歩いた。

(…朝まで頑張らなくても、私をお呼びになればよいのに)

 今度から毎晩、夜中に様子を見に行く必要がありそうだ。いい口実が出来たと思いながら、セバスチャンは厨房へと急いだ。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ