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□for Happy Winter企画
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CHAPTER.2


「人間の料理を、食べたことは?」

 生臭いキジ肉を吐き出しながら、シエルは皿を下げる執事に問いかけた。

「猟鳥は殺してすぐ食べられるわけじゃない。一週間ぐらい吊しておかないと…」
「申し訳ございません」

 ため息をつきながら、銅臭い紅茶を一口飲む。庶民向けの紅茶屋が、出涸らしのお茶を染料で新茶に仕立てているのである。

「しばらく、ロンドンのタウンハウスで過ごすか。手狭だが物は揃うし、お前もいろいろと覚えられるだろう」

 セバスチャンはもう一度頭を下げると、椅子を引いて主人が立ち上がるのを待った。次にすることは、旅行の支度だ。と、シエルが大きな瞳で自分を見上げていた。

「燕尾服は、慣れたようだな」

 それだけ言うと、シエルはさっさとドアに向かって歩き出した。セバスチャンは先回りして、金色のドアノブに手をかける。

 屋敷の中はがらんとしていた。執事と、家令と、主人しかいない。

「傭兵でも、料理人でも、番犬でもいいから、何か連れて来い。ファントムハイヴに忠誠を尽くし、此処に骨を埋める覚悟のある者でなければ駄目だが…お前の顔ばかり見ているのでは、気が滅入る」
「猫は、いけませんか」
「猫?」

 シエルは再びセバスチャンの顔を見た。

「猫は駄目だ。逃げるから」

 そう言うと、セバスチャンは悲しそうな顔をした。

「…猫を飼いたいのか?」
「はい」
「変わった悪魔だ…」

 トントンと足音を響かせて、深紅色の絨毯が敷かれた階段を上がった。窓から白く光が差し込んで、足元を照らしていた。屋敷は元通りだが、完全にではない。突然当主になった自分が、猫を飼いたがる執事も含めて、全てを仕切らなくてはならない。…



 セバスチャンはロンドンで次から次へと新しい事柄を覚えていった。書籍をどっさり揃え、シエルに勉強も教え始めた。レストランで料理を褒めると、次の日にはそれを作ってみせた。

「この街に、僕を陥れた奴がいるかもしれない」

 バーリントン・アーケードを抜けてピカデリーの有名な紅茶店へ入りながら、シエルはそっと辺りを見回した。

「どうやって探すおつもりですか」
「僕が戻ったことは新聞に大々的に出ていたが、それだけでは足りない。女王の命を満足にこなし、父と同じように振る舞わなければ…社交期には、少しくらいはパーティーに顔を出すべきかもしれないな」

 しかし、シエルがタウンハウスに来ていることを聞き付けた婦人が、まだ一月であるにも関わらず開いたパーティーで、シエルは散々に疲れてしまった。

「あいつら、どこにいたとか目はどうしたとか、人を見世物みたいに…!」

 天蓋付きのベッドにどさりと倒れ込む。洗った髪から、ラベンダーの香りが漂う。

「大変でしたね」

 琥珀織の寝間着を手にしたセバスチャンが傍でにやけているのを、恨めしげに見上げた。

「お前も、人気だったな」

 平凡な人々の中で、セバスチャンは美形過ぎた。タウンハウスに帰るとシエルへの新たな招待状と同じくらい、セバスチャンへの手紙が投げ込まれていたのである。

「興味は、ありませんが…」

 バスローブを脱がせ、寝間着に袖を通させる。くるみ釦を丁寧に留めてゆく。その長い睫毛を見ながら、シエルは初めて自分の執事がいかに美しいか理解した。

(この伏せた目…which impli'd subjection, but requir'd with gentle sway,…いいや強力な支配)

 羽布団を肩までかけながら、セバスチャンは微笑をたたえて問いかけた。

「お寒くありませんか。暖炉の火は、あと一時間くらいで消えましょう」
「お前は、寒くないのか」
「ええ、特には」
「じゃあ、服を着る必要もないんだな…」

 セバスチャンは笑って、ジョゼフ・モーガンの蝋燭を吹き消しながら低い声で言った。

「坊ちゃん、人間に智恵の実を食べさせたのは、私の眷属なのですよ。…おやすみなさいませ」




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