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□for 不死蝶企画 06
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『籠』

 吐息で白く曇った銀の棒が、月明かりの恵みから外れ猖獗した暗い夜に沈んでいた。
 数十本の銀の棒は円形に獲物を囲繞して籠状の物を造り、双翼の起伏の細やかな銀の鴉が強張った爪を立てている重厚な円蓋をその先に頂いていた。

「セバスチャン…」

 籠の中では闇さえも囚われていた。

 か細い声は累々と撒かれた赤い椿の間に滴り、底に敷かれた暗紅色の絨毯に滲み込んだ。シエルは着せられている一枚のシャツを掻き合わせ、纔かに頸を擡げた。闇の奥で胡桃の扉が音も無く開かれる。目眩ゆい燭台の灯りが、絨毯の毛の先を悉く金色に光らせた。

 執事は緘黙の内に跪き、手にした燭台を翳して主人の顔を見た。そして満足げに頷き、立ち上がって燭台の焔を吹き消した。

「…出来たようですね」

 憔悴している自分の主人を前に、赤い瞳は輾然と笑っているかのようだった。その瞳の前を、藍色の蝶がひら、ひらと舞った。蝶は身を翻したかと思うと、忽ち麗しい少年に姿を変えた。青みがかった黒髪、憂いを浮かべた双眸の一つを覆い隠す漆黒の眼帯、桃の花にうっすらと積もった柔らかい雪のような肌、就中、その爪の小ささに幼さの感ぜられる肢体、両耳朶に耀く蒼い耳飾り。

「今後はこのコピーに、ファントムハイヴ家当主として働いて頂きます。そして」

 闇の嗤う声を聞いた。

「貴方は籠の鳥…私の玩具です」

 複霊。

 世の中には本来一つしか無い筈のものを二つ持って生まれる人間が少なからず存在する。

 シエルは魂を二つ持って生まれた。但し一つは未発達で、強い意志や生命力をその裡に持ってはいなかった。その未発達なほうをシエルの肉体のコピーに移入し、そして、元のシエルは。

「貴方は私だけのもの…。私だけが貴方を見、貴方に話しかけ、貴方に触れることができる。貴方は私だけの為に歌う、籠の鳥」
「セバ…スチャン…出して…」

 シエルは格子の隙間から、痩せた手を差し延べた。セバスチャンはその手を取ると、永い永い口付けをした。







「…という素晴らしいラブラブ大作戦を思い付きました」
「何がラブラブなのか、全く分からないんだが。そもそも、魂が二つある人間なんて本当に存在するのか?」
「それを調べてみますので、どうか」

 そう言って、籠の隙間に手を差し込む。

「…ここから出していただけませんか?」

 シエルはトンとステッキで床を打ち鳴らして、苛立たしげに答えた。

「駄目だ」
「…どうしても、ですか?」
「クローゼットに山ほど猫を入れたことを、今日一日そこで反省するんだな」

 シエルは冷たく言い放ち、籠の鍵をポケットに入れた。絨毯の下には、悪魔の魔力を一時的に失わせる魔法陣が描かれている。

「嗚呼…私が行かなければ、彼女がひもじい思いをするというのに…」
「残念ながら、この屋敷にはもう一人動物好きがいるようだ」

 カーテンをずらし、窓を開ける。外ではフィニが、柔らかな芝生の上で楽しげに黒い猫と戯れていた。セバスチャンは悔しそうに、銀の柱を握りしめた。

「くっ…」
「二兎追う者は一兎も得ず、ということだ。じゃあな」
「坊ちゃん、それはどういう…」

 バタンと、胡桃の扉が無情な音を立てて閉じられる。

「…嗚呼」

 腰を下ろし、籠に凭れる。

 開け放たれた窓から迷い込んだ紋白蝶が、籠の底に撒かれた李の花の上を二、三度飛び回った。そして楽しげに外へと消えて行った。

 …いや。坊ちゃんに監禁されるというシチュエーションも、悪くはないかもしれません。

 そう思った矢先。
 響き渡る、甲高い猫の声。

 セバスチャンは再び溜め息を吐いて、立てた膝に顔を埋めた。

 坊ちゃん、もう二度と致しませんから、早くここから出して下さい。


(籠の鳥蝶をうらやむ目つきかな 小林一茶)




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