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□for 不死蝶企画 07
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グレルの言葉は、約10日前の夜を思い起こさせた。
「ねぇ、辛いと思うけど聞いてちょうだい。今日、エドガー・アラン・ポーに会いに行ったワ。明日には新聞に載るでしょうネ」
グレルは珍しく沈痛な面持ちで、店の入口に立っていた。アンダーテイカーは棺を磨く手を止め、やかんを火にかけて言った。
「そうかい、まだ若かったのにねぇ…」
ふと顔を上げ、ビーカーを持ったままグレルに細い人差し指を向ける。
「会いに行った?メリーランド州は、君の管轄じゃないだろう?」
それを聞くと、赤い死神はがっくりと肩を落として、空いている棺に腰を下ろした。
「…そーヨ」
「何で、すぐばれる嘘をつくかねェ、ヒッヒ」
オレンジ・ペコを注いだビーカーを渡し、その横に座る。
(…アンタが好きだって言ってたから。真っ先に教えに来たのヨ、なんて、言えるワケないじゃない)
教えに来た、と言うよりは、それを口実に、会いに来たと言うべきだろうか。
「悲しまないのは、死神の性としても、あんまりびっくりしてないじゃない?まさか知ってたの?好きな作家のドゥームズデイ・ブックは全部チェックしてる、なんて、言わないわよネ?」
「ヒッヒ、そういうわけじゃあないけど…」
グレルがつけている女物の香水の香りを嗅ぎながら、ビーカーの底の砂糖をかき混ぜる。
「死ぬ間際の人間に、見られたことがあるだろう?」
「あるワ、残念ながら何度も」
「それと同じ…かどうかは分からないけれど、経験を積むとね、死にそうな人間ってわかるようになるものさ」
「ふうん…伝説の死神ならではの勘、ってトコかしら?」
『時間の流れは止めることができないけれど、それを最大限に生かすことはできるはずですもの』
死に際して、気丈に自分と言葉を交わした、女囚280号。
死期の近い人間がわかるのも、また、全ての死神が迷わず死亡予定者の元へ行けるのも、もしかすると死神の特殊な能力のおかげではなく、死の近い人間が発する、何か呼び声のようなもののおかげなのかもしれないと思った。
「ヒッヒ、それで、メリーランド州に行けなかった君は今日、どんな人間を狩ってきたんだい?」
「ん…」
そう聞くと、グレルは不機嫌そうに黙り込んでしまった。
割り切っているように見える彼にも、できることなら狩りたくなかった対象がいるらしい。
「…短いけど、シネマティック・レコードがちゃんとあるのよね。仄暗くて、音楽とか、ママの声とか聞こえるの」
アンダーテイカーは立ち上がってティーポットを取り、温かい二杯目を注いでやった。
「あら、こんなこと、貴方には言うまでもないことだったわネ」
しんみりとした声は、香水よりも化粧よりも、優婉さを添えていた。
「悲しまないのが、死神の性じゃなかったのかい。ヒッヒ」
それでもぽつりぽつりと話すうちに、グレルは段々と元気を取り戻したようだった。
「ねぇ、アタシも、赤ちゃんが欲しいな」
突然の飛躍に、ぶふっとビーカーの中味を噴き出す。
「何?」
「いや…本当に?」
「本当ヨ、悪い?」
「子供を作る行為が、したいだけじゃなくて?」
「あら!失礼ネ」
ビーカーを置き、自信ありげな表情をアンダーテイカーに向ける。
「アタシ、わかるもの。アナタが死にそうな人間を見分けるみたいに」
「…何が?」
「素敵な種をくれそうな人を見ると、身体がキュンキュンして、ジュンジュンってなって…」
「へぇ?身体が…ね」
「そう、……っ」
「身体が、どうなるって?」
グレルは顔を赤らめて、下腹部に伸ばされたその手を掴んだ。
「じ…ジュンジュンって…」
「今、なってるみたいにかい?」
「ちょ…やめなさ…っ」
予想もしなかった急な展開に、喜びながらも戸惑い、抵抗する。
「こんな、所で…」
「まぁ、今夜は止めておいたほうがいいかもねえ、ヒッヒッ」
アンダーテイカーが急に立ち上がったせいで、グレルはガクッとバランスを崩した。
「あん!…えと…何で?排卵日じゃない…とかかしら?」
「違うよ。気持ちが落ち着いたのなら、その子のシネマティック・レコードを早く持って帰っておやり」
「…!」
「ヒッヒ、忘れたのかい?協会での事務処理が済んだ人間から、生まれ変わりの審査にかけられる…」
「いけない、そうだったワ!続きはまた今度、してちょうだい!」
ずれた眼鏡をかけ直し、店の外に出る。曇り空の中を、一直線に死神派遣協会の建物へと向かう。
「ごめんネ、アンタ、またあのママのところへ行けるといいわネ。きっとそうなると思うワ」
グレルは懐のシネマシティック・レコードを押さえ、優しい声でそう言った。
「アタシ、わかるもの。アタシも、神サマなんだから」
アンダーテイカーはドアを開けたまま、クッキーの入った骨壷を手に、消えてゆく赤い髪をしばらく見送っていた。