Rose branches

□Rose branches -31
1ページ/1ページ

疑惑-執事とマネキン・short story-

 ベッドサイドに置かれたその箱は、何度見ても見慣れるものではなかった。

 グロッシーな緑は部屋に入ってきたときからなんとなく、視界の端に入り込んでしまう。

 その箱を開けて、中身を取り出してから、すぐに装着されるのか。それとも、しばらく焦らされるのか。

「ん、あっ、あっん…」

 四つん這いになった自分の背後で、黒い影が動いている。

 セバスチャンは左手にそれを持ったまま、右手で執拗に性器を愛撫し、間もなく押し広げるはずの場所を丹念に舌で濡らしていた。

「は…ぁっ、あん、あぁ…」
「そんなにお上手に、喘いで…」

 ようやく臀部から顔を上げ、持っていたそれを開封する。

 シエルの身体に負担をかけないための、それでも互いの熱を感じるための、薄いコンドーム。

「まだまだ余裕、ですね…?もっと乱して差し上げますよ」
「……っ」

 ようやく屹立したそこに施される、少しの『準備』。

(早く、欲しい…)

 シエルは息を吐いて、訪れる力強さに備えた。
 セバスチャンがその箱を手にしたときから、それを待ち遠しいと思ってしまっている。そんな自分の表情を悟られないように、柔らかい枕に埋めて隠す。





「……?」

 愛し合った昼下がりから、四日後の夜だった。

 泊まりに来ていたシエルは、ベッドサイドの僅かな変化に眉を曇らせた。

 緑の箱は、二つあったはずである。

 残った分をもう一つの箱に詰めて、空いた箱を捨てたのかと思ったが、今置かれているのはまだフィルムの巻かれた未開封のものだった。

 確かに、残っていたはずだ。
 新品のひと箱以外に、いくつかが。

 キッチンからは、冷蔵庫の開閉される平和な音が聞こえてくる。その音を聞きながら、湯上りの身体がさっと冷えてゆくのを感じた。

(一人で、使った…?)

 そういう器具を汚さないためにコンドームを着けて行う場合もあると、ませた同級生から聞いたことがある。

 せめてそうであって欲しいと思いながら、湯気の立つカップを手に入ってきたセバスチャンを見上げた。

「どうなさったのですか?怖い顔をして」
「……」

 聞くのは少し、怖かった。だが、セバスチャンの手が肩に触れた瞬間、「あの箱…」と擦れた言葉が零れた。
 わだかまりを持ったまま、抱かれるのは御免だ。

「箱?」
「あれだ。数が足りない。…この前帰るときには、二箱あったはずだ」

 セバスチャンは驚いた顔で、だが嬉しそうにシエルを見つめた。

「まさか…そんなところまで気になさっているとは、思いませんでした」
「…何を喜んでいるんだ」
「いえ、ただ、坊ちゃんはあまりこの行為に執着と言うか…積極性をお持ちでないと思っておりましたので」
「そ、それとこれとは、話が別だ。数くらい数えられる!浮気しているなら、僕は帰るぞ!」

 語気を荒げて睨みつける。が、セバスチャンは可笑しそうに口元を歪めた後、さてどうしたものか、という風に視線を宙に漂わせた。

「私としたことが、恥ずかしい窮地に陥りましたね」

 セバスチャンが立ち上がると、座っていたベッドの端がふわりと持ち上がった。軽くなったその空間の気配に、聞いてはいけないことを聞いたのではないかという不安が今更ながら募った。

 戻ってきたセバスチャンは、書斎に置いていた黒い鞄を手にしていた。エッティンガーの財布を取り出し、シエルの前でその中から、『それ』を一つつまみ出して見せる。

「…あっ…」
「あとは…」

 洗面所のタオルの隙間から、一つ。

 リビングの棚から、一つ。

 最近購入したベントレーの中から、二つ。

「これで、全部だと思いますが」
「リスか、お前は…」

 一体、どんなシチュエーションでの行為を想定していたのか。呆れるやら恥ずかしいやらでしばらく二の句が継げない。

「な…何で洗面所にまで置いてあるんだ!寝室から、そんなに離れてないだろう!」
「雰囲気を壊したくありませんし、それに…」

 その僅かな距離でも、我慢できませんから…ね?

 甘い香りが近付き、視界が遮られる。

「ん…むっ…」

 今日もまた、『それ』が開封されるまでの、切望のカウントダウンが始まろうとしていた。


END

(2012/02/11 UP)


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ