Rose branches

□Rose branches -39
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 銀のスプーンにくり抜かれた、図案化された葡萄の蔓がから、砂糖がさらさらと落ちてゆく。

 この、どんな言葉で表せばいいのかわからない‘beautiful day’-…涼しすぎない秋の風がアルバ・ロセアの香りを運び、さっと過ぎった陽射しが細い身体の輪郭を白いテーブルの上に落とし、自分の身に起きたことも、忘れてしまいそうになる。

 過去はスプーンから零れて、紅茶色の深淵に溶けてゆく。少しだけ、落ちなかった白い粒が、小さな自分の身体に張り付いている。

「坊ちゃん、そちらは砂糖のためのスプーンではありませんよ」
「ああ…」
「…やはり、まだ、腕が痛むのですか?」

 鉢に盛られた果物の香りが、白薔薇の香りを押しやる。

 初めて浴びた銃弾の熱、たちの悪いマフィアの視線、死臭、殺させた相手。…
 その記憶の蔓の先に、心配そうに覗き込む執事の顔があった。





(覚悟はしていた)

 包帯が解かれ、治りかけた傷が目に入る。浅くなった裂孔に、少し安堵する。

 敵に撃たれ血を流すこと、それが自分の身に起きてしまったことへの、悔しさ。心の片隅で予期していたそれは、現実となって自分の身体を通り過ぎ、やがて過去になろうとしている。これから何度も、こんなことはあるだろう。この身体に張り付いて、治らない痕もあるだろう。

「次は、絶対に傷つけさせません」

 消毒薬の臭いの中で、そう言った執事の表情を伺う。食堂で見た心配そうな顔ではなく、自分の不始末に腹を立てている顔だった。

「…気にするな。僕が捕まっている間のことだ、お前に責任はない」
「ですが…」
「クイーンを犠牲にしてキングを守ることもある、こんな傷くらい…」

 クイーン、そう言った瞬間、紅茶色の球面に金髪の巻き毛が浮かんだような気がした。

「…ええ、わかっています」

 端正な顔に戻った気遣うような表情に、読めない感情が揺らいでいる。

「……」
「ですがそれでは、本当に貴方を守ったことには、ならないかもしれませんね。レディ・エリザベスとの幸福も含めて、貴方の人生なのですから」
「それなら、もう、…」

 こんな身体に、して。

 それは既に、自分の一部になっていた。





「…今日は、いつもより感度が良いのではないですか?」
「そんな…こと、ない」

 手袋を外した執事の手が、からかうように背中を這う。忍びやかに添わされる脚は、それでいて逃がすまいと力強く緊張している。

 初めて抱かれた日のことを、思い出していた。

 心の片隅に浮かんだその可能性が、現実となり、自分を包んだ夜。

「…感じて下さるほうが、貴方の身体の負担も少ないですから」
「そ…んな…」

 長い指がいつもの場所を探り当てる。確かに、ベッドに入ってからまだ10分程しか経っていないにも関わらず、そこは自分でもはっきりわかるほど濡れていた。

「セバス…チャン」
「はい?」
「…初めて、…した日、どう思った」
「言葉では、言い表せませんね」
「…っ」

 そんな台詞と、不意に当てられたものの固さに動揺している間に、四つん這いにさせられ、考える余地を奪われる。

「性…急…だなっ…」
「言葉では、表せませんから、こうするより…」

 いつもより熱く思えるそれが、いつもよりすんなりと、入り込んでしまう。

「しかし…いつも、初めて抱くように、私には思えます」
「な…んで…、っ…」
「さあ…?貴方の身体は、日々成長していますし…夜ごとに…」

 途切れた言葉の合間に、アルバ・ロセアの夜風が満ちる。

「…やはり、言葉では言い表せませんね」
「…っ」

 息も出来ない程の動きに、あらゆる痛みを忘れる。

 砂糖のような過去も、想いも全て、紅茶色の深淵に包まれていた。



END

(2012/07/16 今はこれが精一杯の…)


 

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