Rose branches
□Rose branches -40
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その言葉の返答は、舐めるように落とされた大腿への視線。
「…もし、そのようなことになりましたら、寮監としての立場を忘れてしまいますから…翡翠の獅子寮には、なるべく近付かないで下さいね?」
「近付くなと言ったって…捜査を…、深紅の狐寮は、いいのか?レドモンドとかいう…」
「坊ちゃんのタイを直した罪は、重いですね」
そう言って、シエルの首元に手を回し、タイを解いて投げ捨てる。
唇に残ったエディアールのヴァニラが、吐息を更に甘くした。
「や…ん…っ」
背中を這う舌はいつもより貪欲で、体が蝋のように熔かされてしまうのではないかとさえ思う程だった。
「お…前、十字架なぞ、ぶら下げたまま、ん…っ」
「こんなもの…何の強制力も持ちませんよ」
「いいから、脱…げ…ッ」
「おやおや、寮監と生徒のいけない関係を演じたかったのですが…」
眼鏡を外し、髪を下ろす仕草に、不本意ながらどきりとさせられる。見慣れた姿に戻った執事の、赤い瞳の眩しさ。
「ミネルヴァの梟は黄昏に飛ぶ、紺碧の梟は夜に狩りをする…そういえばこの学校の寮にはどれも、肉食獣の名前がついていますね」
「…、お前にも、だ…『セバスチャン』…」
「ふ、…そうでした」
言われて、19世紀中頃まで続いていた英国の悪徳たる動物虐待の遊戯を思い出す。熊虐め、ドッグアンドダック―…有角の牛でさえけしかけられた犬達の牙の前にはひとたまりもなかった。
「獅子だろうが狼だろうが…どんな獣からも、貴方をお守り致しますよ」
「も…っ、そ…んな…どっちが、狼だ、か…!」
喘ぎの中でセバスチャン、と名前を形にする。仰向けになり、手なずけるように、慈しむように白い頬を撫でる。
その手を取って引き寄せ、セバスチャンは自分の身体の上で、シエルの中を貫いた。
「…帰る」
「…泊まらないのですか?」
「…この部屋から、朝帰りというわけにもいかないだろう」
「お送り致しますよ」
「いいから…お前は『それらしく』していろ」
「わかりました…坊ちゃんも。嗚呼、念のためにこの部屋の合い鍵をお渡ししましょう」
懐中時計の針は既に、0時を回っていた。
失くなった青い日記がいつの間にか寮監室に戻されていたのは、その日の夕方である。
『1889年X月X日
執事は未だ、調教の余地有。
1889年X月X日
at N.』
今日の日付の下に書かれた、Nの文字に手を触れ、首を傾げる。
Nは何の略だったろうか?
「嗚呼…」
一つの単語が眼前に浮かび、口元を綻ばせる。
梟が狩りをする夜は、忍びやかに始まろうとしていた。
END
(2012/08/20/午後UP)
<後書きがあります…!>