Rose branches

□Rose branches -04
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 伊太利の美しき青空を眺め、日の西に傾くとき、紫の光ある雲の黄金色をしたる地の上にに垂れかゝりたるをめで、時の遷るを知らざることしばしばなりき。
(‘Improvisatoren’−Hans Christian Andersen/森鴎外 訳)


 イタリア南部、ナポリ湾に浮かぶカプリ島はバカンスを楽しむのに相応しい、豊かさと美しさを併せ持った島である。セバスチャンは悪魔となったシエルに不休で仕えているのだから厳密にはバカンスというものはないが、シエルは仕事からも人間の宿命からも解放されているのだから、そう呼べるかもしれない。人生のバカンス、悪魔のバカンス、良いフレーズを考えていると、やがて白い波の向こうにソラーロ山が見え、二人を乗せたフェリーは港に入った。潮の匂いにどこかから運ばれてきたレモンの香りが混じり、鼻腔をくすぐった。日は白い階段や建物を燦然と照らし、人々の顔を明るく輝かせていた。

 セバスチャンは黒い旅行鞄を下げて、シエルの先に立って歩いた。二人を迎えたペントハウス・スウィートのテラスは、青い海と空を惜しみなく頭上に広げていた。風が光と競走しながら、柔らかい髪を梳いていった。

(永遠の命も悪くない)

 この琅稈色が続く限りは。

 レストランから漂うグラニャーナ産の魚介類、モッツァレラチーズ、トマトソースなどの匂いに食指が動かないのはやや物足りなくもあったが、何かを得るためには犠牲が必要なのであり、それは、あの夜から知っていたことだった。

 青い海に孤の形に刻まれた船の軌跡は、なかなか消えようとしなかった。黙って眺めているシエルをそっと後ろから抱きしめ、セバスチャンは囁いた。

「バカンスらしい夜を、過ごしましょうか?」
「…お前は、仕事中のはずだがな」

 この白と青の世界で、振り返ればセバスチャンの紅い瞳が燃えているに違いない。直ぐにでも振り向いて、その瞳に溶けてしまいたい。

 が、シエルは目を閉じてセバスチャンの腕にそっと手を乗せ、よく知っている手袋の感触を探り当てて言った。

「永い時間を生きているのに、お前はせっかちだ」
「…」
「だから」

 そう、折角この時間を手に入れたのだから。

 限界まで焦らして、焦がれる姿を見てもいいのではないだろうか。

「話を。それかショーでも。…千度僕を喜ばせたら、バカンスを許してやる」

 シエルを抱く肩に、軽く力が込められる。悔しがっている、と思ったが、そうではなかった。耳元で愉しげな低い笑い声が起こる。

「何…わっ」

 身体が持ち上げられ、白いペンキを塗った窓枠に預けられる。搦めとられる細いリボン、はだけられる白い胸元。

「セバ…スチャン」
「ふ…ほら、もう幾度か、悦びに胸が震えたでしょう?」
「なっ…ん…」
「それから、こちらも」

 大腿に手を置き、首筋に唇を当てる。休みなく動く手がブラウスのボタンを外し、片方の胸をあらわにさせた。ホテルのプールに誰か来たらしく、無邪気な話し声が潮風に乗って耳に届いた。胸の突起はカプリの白壁に零れ咲くブーゲンビリアのように、脈打つ血管の先で震えていた。

「命令に…んっ…反する、なっ…」

 黒い身体の下で弱々しくそう言うと、セバスチャンはシエルの顎を軽く持ち上げ、微笑みながら覗き込んだ。

「『これ』に勝る喜びは、ないと思っておいでなのでは?」
「ふ…あっ」

 指で突起を弄ばれるたびに、身体の中を泡のような快感が駆け巡る。

「それに…貴方を得られない千夜は狂おしい程に永く」
「そこ…や…っ」
「貴方の居る千夜はそれが一万回続こうとも、短すぎるのですよ」

 この琅稈色が、限りなく続くとしても。

「…じゃあ、千回じゃ、足り…ない」
「…御意」

 永遠の我が儘を。

 ズボンを脱がせると、夏の風の中で、そこは心なしかいつもより生き生きと弾んでいるように見えた。

「んっ…後で、海に入ってみましょうか…海の中で愛し合うというのも、なかなか」
「やだ…っ、ヒリヒリ、しそうっ…」
「ふ…、ますます良いではないですか…?痛みに鳴く貴方の姿が見られる、なんて…」

 それでこそ、退屈な日常から切り離された、楽園のバカンスに相応しい。

「ん…は…ぁっ…」

 勃起した其処がセバスチャンの口の中で震え、波のように白いものを幾度か放出した。

 セバスチャンは素早くシエルの細い脚を持ち上げると、熱い自分自身を押し当てた。

「…あ…まだ、馴らして…んっ…ああっ…!セバ…スチャ…ンッ!」

 窓硝子に瞳が映り、その向こうに藍色の夕空が広がっていた。
 紅い光は揺れ、空の中に幾筋もの痕を残した。



END

<後書きがあります…!>
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