Rose branches

□Rose branches -05
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「それで君は…自分がヴァンパイアと契約した、と言うんだね?ヒッヒッ」
「ええ」

 ウィリアムは頷くと、真っすぐにアンダーテイカーの顔を見た。

 死神と吸血鬼の混血であることが明るみに出、協会を追われたロナルドを追って自らの身体を差し出したウィリアム。
 管理課の死神の不祥事とあっては、協会は迂闊に動くことができない。また、ウィリアムとロナルドは既に人間界に行方をくらましており、探し出すのは容易ではなかった。隠れ家を見つけて乗り込んでも、先手を打たれてしまう。ロナルドは狙った女性を殺さない程度に血を吸う術を心得ており、血を吸われた女性が彼らを匿っていることもあった。

 そこで白羽の矢を立てられたのが、伝説の死神・アンダーテイカーだったのである。彼は人間の世界にも死神の事情にも、またヴァンパイアの生態にも精通している唯一の存在だった。

「君自身も、ヴァンパイアになるつもりなのかい?」
「いいえ。ヴァンパイアになってしまっては、ロナルドに血を与えることができませんから」
「成程…」

 アンダーテイカーはつくづくとウィリアムを眺めた。

 固めた髪、ピンと張った白いシャツ、喪を思わせる黒いスーツと黒いネクタイ。

 恰好は変わっていないが、ウィリアムの身体からは明らかに精気が失われていた。痩せた頬とは裏腹に、瞳には時折、激しい情事を思い出して疼くのか、妖しげな輝きが宿る。ウィリアムをここまで堕落させた―元々素地はできていたのかもしれないが―ロナルドの魅力とは一体、何なのか。アンダーテイカーは内心舌を巻きながら、尖った爪でウィリアムを指さした。

「小生の知っているヴァンパイアの契約は」

 ウィリアムを押し込むようにして入ったカフェの中には、数人の客がいたが、皆アンダーテイカーの見てくれを怖がって遠くの席に座っており、二人の会話を聞く者はいなかった。

「悪魔と人間の、それとは違う。悪魔は一人の人間を主とし、主が死ぬまで奉仕する。だが…ヒッヒ、ヴァンパイアは浮気性だろう?」
「……」
「君以外からも、たくさん、たくさん、血を吸って夜を飛び回る。そうだろう?オウムがアーモンドに飛び付く以上に、奴らは餌に目がない」

 シェイクスピアを引用して皮肉を言い、にやりと笑う。
 ウィリアムは、スーツの上から、ちくりと痛む左胸を押さえた。

 ロナルドとウィリアムの契約は、血を与えること、代わりに死ぬまで行動を共にすることであり、独占する権利は与えられていない。

「それでも、よいのです」

 搾り出された言葉と共に、血が吹き出る気がした。

「ロナルドに血を与え、この身体を捧げ続けることができるなら…」

 その弱々しい声と表情に、管理課に籍を置くエリートとして崇拝されていた頃の面影はなかった。

「そうかい」

 アンダーテイカーは静かに席を立った。

「それじゃあ小生は、二人の逃避行をしばらく見守らせてもらうよ…ヒッヒ」

 去り際、肩に手を置いてそう呟く。靴音は降り出した雨に紛れ、ゆっくりと遠ざかって行った。





「どこ行ってたんスか?先輩」

 やつれたウィリアムとは対照的に、ロナルドは生き生きとした顔をしていた。先程まで、部屋に女性がいたらしい。流行りの合成香料を、貧民街の女たちは安い原料で真似している。不快な残り香に眉をしかめながら、ロナルドの座っている質素なベッドへと近付いた。

「んっ…」

 口付けを繰り返し、服を脱いで四つん這いになる。背後で、ベルトを外す音が聞こえる。

「勝手に出歩いちゃ、だめですよ。死ぬまで一緒にいるって、契約したんですから」

 監禁。
 これは檻のない監禁なのだ。

「あ…ロナルド…」

 ウィリアムは喘ぎながら愛しい名前を呼んだ。

「お願い…です、血を吸う、のは…私一人に」
「何です?」
「血を…吸う相手は、私だけに、して…下さっ…!」

 ロナルドは一瞬、動きを止めた。が、耳元に艶やかな唇を寄せると、甘い声で囁いた。

「いいですよ」
「ほ、本当に…」
「ええ、これからは先輩だけです」

 そう言って、首筋に歯を立てる。

「ああ…」

 ウィリアムの眼から、透明な涙が頬を伝って流れた。熱い男根に貫かれながら、ようやくそれを自分だけのものにできるのだという歓喜に身体を震わせていた。

 ロナルドの吸血はいつもより長く感じられた。ウィリアムはいつの間にか、気を失っていた。




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