Rose branches

□Rose branches -06
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 唇に濡れた小さなものの感触を感じ、目を開ける。グレイの大きな瞳が顔の前に迫っていて、思わず声を漏らした。

「お…おはよう」
「にゃあ」

 そのまま唇を塞がれる。抱き寄せて、白い髪を手で梳く。心地よい感触がぼんやりとしていた頭を目覚めさせ、全身に悦びを駆け巡らせた。

 グレイは半分猫で半分人間である。顔立ちはほとんど人間だが、耳や尻尾は猫のそれだった。体毛は人間のように薄いが、身体全体は出来たばかりの繭のように白い。身長は子供のままだが、年齢はフィップスと余り変わらないはずだった。舌ったらずで、仕草は猫に似ていた。

「ああ…起きないと」

 フィップスには勤めがあるが、グレイの仕事は今のところこのバッキンガム宮殿にあるフィップスの部屋の留守番である。時折耳や尻尾を見られないように隠して宮殿内を散歩することもあったが、たいていは寝ているようだった。

 ピンク色の舌が再び唇を舐める。羽根布団にゴソゴソと潜り込み、小さな手で躊躇いもなく夜着を押し下げる。

「おい…」

 半分勃ち上がった自分のものをくわえようとしているグレイを、慌てて抱き上げ、ズボンを直した。ベッドの横の大きな籠に下ろしてやると、「にゃあ」と不満そうな声が聞こえた。

「帰ってから、な」

 そう言って、時間を気にしながら着替える。

「じゃあ、朝ごはん」
「ああ」

 トーストを焼き、ポン・レヴェックと呼ばれる癖の少ないウォッシュチーズ、昨日から作っておいた鶉の詰め物、白いソーセージ、甘ったるいメイズ・オブ・オナーをテーブルの上に並べてやる。食べられる物の種類は猫ではなく人間と同じで、小さな胃にどうやってそれだけのものを入れるのか、グレイは毎日かなり旺盛な食欲を発揮した。

「今日は夜まで戻ることができないから、これとこれを…今食べるんじゃないぞ」
「わかってるにゃあ」

 自分は紅茶だけ飲み、部屋を出る。朝食は、ジョンらと共に食堂でとることになっていた。





 6月下旬のロンドンの夜は過ごし易い。
 勤めを終えて部屋に戻ると、グレイはフィップスのベッドの上で丸くなって眠っていた。

 何故自分の籠に入らないのかは不明だが、見慣れたその姿に、喜びを感じる。帰ると、部屋の中で宝物が待っている、そんな気がした。そっと髪を撫でると、長い睫毛に囲まれた銀色の瞳が開かれた。
 ベッドの上で両手を突っ張って伸びをし、尻尾を揺らして座り直す。

「遅いよ、フィップス」
「これでも、急いで帰ってきたんだ」

 今ではこうして我が儘も言うが、出会ったときのグレイは違っていた。
 名家に生まれたものの、その身体から存在を隠され、人買いに見つかって掠われたときにもおおっぴらに捜索できなかった。
 救出後はロンドン塔に連れて行き、機密扱いで世話をしていたが、人気のない暗いその場所に置いておくのがいたたまれず、引き取りを申し出たのだった。あれからもう、五ヶ月になる。人買いに痛め付けられた傷も、ほとんど癒えていた。

 食器を片付け、シャワールームに入る。
 すりガラスの向こうで、尖った耳がぴくりと動いた。

「入るか?」
「うん」

 ボディソープをつけたフィップスの大きな手が、優しく身体を撫でる。お湯が入らないように、ぎゅっと目をつぶる。

「気持ち、いい…」

 目を閉じたまま、体重を預ける。フィップスの手が尻尾の下をなぞると、微かな声を漏らした。

「にゃ…」

 指の動きが、やがて一点に集中する。

「んっ…」

 一日ずっと、待っていた感触。なかなか中へ入ろうとしないのがもどかしい。グレイはフィップスの大腿に自分のそれを擦りつけた。

「な、か…」
「ちゃんと、洗ってからな」
「ん、う」

 綺麗に洗い流し、真っ白なバスタオルで包んでやる。

 フィップスが青いバスローブを羽織ってベッドへ行くと、グレイは黙って、バスローブの下の身体を見つめた。
 うっとりするような視線が、愛情の交歓を訴えている。

「ん…」

 キスをしながら、ベッドに押し付ける。グレイの身体からは石鹸の匂いと、グレイ自身の猫らしい匂いがした。

「…そうだ」
「にゃ?」

 フィップスは一度ベッドを離れ、キッチンに入った。銀の盆にクロッシュを乗せたものを持って来、ベッドサイドに置く。

「にゃあに?」
「あとで、な」

 小さな手に指を絡め、キスの続きを繰り返す。唇、頬、首筋、しなやかな腰、柔らかいその場所。

「んあっ…」

 可愛らしい性器を手で扱きながら、秘部を濡らす。悶える下腹部を押さえ、丹念に舌で愛撫する。

「フィップス、フィップス…」

 この行為が愛情から生まれるものだと、出会ったばかりのグレイは知らなかった。

 食事と引き換えに、身体を差し出すものだと思っていたグレイ。

 最初の三ヶ月間、必要なとき以外はグレイの身体に触らなかった。
 傷ついた者に手を差し延べるのは、当然であること。信頼なしに愛は生まれず、愛がなければ本来命に繋がるはずのその行為もないこと。
 それを理解させるうちに、フィップスもいつしか、この風変わりなチャールズを愛しいと思うようになった。

 遠くを見る瞳に、生まれもった高貴な輝きが戻っていた。妖精のような美しい身体、愛くるしい行動の一つ一つから、目が離せなくなった。

 四つん這いにさせ、艶やかな尻尾に隠れたそこに自分自身を宛てがう。右手でひくひくと動いている固いものを握り、上下に動かす。

「は…ぁん…あ…っ…フィップスの、太…い…っ」
「グレイ、俺がいない間、また一人でしたのか?」

 グレイはフィップスの言葉に、びくっと肩を震わせた。
 数日前、クッションに身体を擦りつけて行為に耽っているのを、夕方の食事を与えに帰ってきたフィップスに見つかったばかりだったのである。

「ん…っ、してない、よ…!」
「本当に?」
「んんっ…」
「あとでクッションを点検しないとな」
「ほんとっ…してな…」
「してもいいから、クッションはちゃんと洗面所に置いておけよ」
「にゃあっ…お説教は、いいにゃ…っ!」




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