Rose branches

□Rose branches -13
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  早く眠りに就かれますように
  貴方が約束を思い出す前に





「女王陛下が、アルバート公とのご結婚の際に背の高いケーキを出されてから…」

 劉がお土産にと持って来たケーキの一切れを毒味し、皿に移し替えてシエルの前に給仕する。

「国内に広く、豪華なウェディング・ケーキを出す習慣が定着したようですね」
「へぇ〜、あのでっかいのって、女王陛下の影響だったんだね」
「陛下のなさったことは、皆真似したがるからな」

 やや甘すぎるクリームは、それでも幸せを感じさせる味がした。

 テーブルには、元々セバスチャンが用意していたコンベルサッシオンとピュイダムールが並べられていた。劉が美味そうに口にするのを見、それも一つずつ要求する。

「坊ちゃん、そんなにお召し上がりになられると、夕食に差し支えますよ」

 そう言いながら、一つずつを半分に切って皿に移す。

「あ、我にその半分の残りをくれるかい」
「劉様も、どうせ当家で夕食を召し上がられるのでしたら、坊ちゃんと二人でお残しになるようなことは…」
「我は大丈夫だよ、心配なら藍猫と三人で散歩でもしようか。ねぇ藍猫」
「むしろ、そのまま帰るべきだと思うがな」
「えー、折角ウェディング・ケーキなんて珍しいもの、持って来てあげたのに。伯爵は結婚式なんて、招待されても行きそうにないからさぁ」
「…お前が結婚するなら、長ったらしいスピーチでもしてやる」

 コンベルサッシオンを覆う、程よい甘さに満足する。中にアーモンドのクリームが入った小さなパイで、表面のグラスロワイヤルにはX模様が連続して刻み込まれていた。

「結婚式にケーキを置く習慣自体は、魔除けのために始まったんだろう?」

 藍猫の口元についたクレーム・シブーストを拭ってやりながら、劉は言った。

「悪魔は甘いものが嫌いなんだって、そんな言い伝えを聞いて納得したよ。我の国の結婚式でも、美味しいものはたくさん出るけどね」

 シエルはふと、ティーカップに伸ばしかけた手を止めて、セバスチャンの様子を窺った。
 セバスチャンは平然として、劉のカップにダージリンを注いでいた。

「…知らなかった」
「えぇ、本当に?やっぱり伯爵は行かないから、知らなかったのかい?結婚式。ファントム社ってお菓子も扱ってるから、悪魔が近寄りがたいかもねぇ、ね、藍猫…?」





  早く真実になりますように
  貴方が嘘に気付くその前に





「作らなくていい」

 セバスチャンはシエルの命令に唖然として、その場に立ち尽くした。

「…何をです?」
「スイーツだ。明日からはもう、作らなくていい」
「何故…」
「嫌いになったんだ。作らなくていい。もう、話は終わりだ」

 ベッドの中で背を向けた主人をいくら眺めても、その意図はわからなかった。

「…イエス、マイロード。おやすみなさいませ」

 そう言って、燭台を手に部屋を後にするほかなかった。

 スイーツなしで、明日からのアフタヌーンティーをどう完成させればよいのだろうか。
 スイーツなしで、どう…。
 原因はほぼわかっていたが、急に生活の一部を殺がれたような、寂寥を感じた。





「ご朝食はポーチドエッグを乗せたリヨン風サラダ、じゃがいものポタージュをご用意しております。パンはモーンシュネッケン、デニッシュ・ペストリー、パン・オ・ルヴァンが焼けていますが、いかがなさいますか」

 シエルはぼんやりと開けていた目を大きく見開き、銀のワゴンの傍にいるセバスチャンに視線を向けた。

「…何?」
「モーンシュネッケン、デニッシュ・ペストリー、パン・オ・ルヴァンでございます」

 朝食に出されるパンは、大体決まっている。パン・ド・カンパーニュ、クロワッサン、スコーン、etc.

 甘いデニッシュが出されたことは、あまりない。それにモーンシュネッケンというのは、一体どんなものだろうか?

「モーンシュネッケン…と…パン・オ・ルヴァンだ」
「かしこまりました」

 パン・オ・ルヴァン、クルミなどを練り込んだハードなパン。それなら間違いはないだろうと思いながら、アーリー・モーニング・ティーを口にした。そして昨夜見た、大きなチョコレートのウェディング・ケーキの夢が脳裏を過ぎるのを、眠気と共に振り払おうとした。





「スイーツは、作るなと言っただろう」

 朝食の皿に並んだモーンシュネッケンを見て、シエルは思わず声を荒げた。

「ですから、スイーツではなく、パンでございます」



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