Rose branches

□Rose branches -15
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「今日一日執事を休んでいいぞ、セバスチャン」

 シエルが腰掛けているベッドの周りにはこの世界らしい冷気が漂い、窓の外にはうっすらと霜の降りた白銀の大地が広がっていた。

 空のアーリーモーニング・ティーを給仕する習慣は、とうに止めてしまっていた。シエルの服を着せ終えたセバスチャンは、少し首を傾げ、今日が人間の世界の‘ボクシング・デー’に当たることを思い出した。

「確かに、お食事や予定の管理の必要がないのですから、今日一日私がいなくても…お過ごしになることはできますよね」

 あの最低なフランスでの一日と、違って。
 セバスチャンはそう思った。

 シエルが人間であれば、ボクシング・デーといえど執事無しで過ごすことなど無理だっただろう。
 人間の世界の習慣を持ち込むのは可笑しかったが、悪魔だからこそできること、とも言えた。

「…何を勘違いしている」

 シエルは冬の寒さを押しやる炎のような、大きな赤い瞳でセバスチャンを見上げた。

「いなくてもいいわけじゃない。執事としての仕事をしなくていい、と言ったんだ」
「…と、申されますと…」
「お前は執事でなければ、存在しなくてもいいのか?そんなわけ、ないだろう」

 セバスチャンはシエルの足元に跪き、薄い青色の靴下を履かせたばかりのふくらはぎを両手で持ち上げた。

「それでは…今日一日、恋人としてお傍にいてもよい、ということでしょうか?」
「…っ、そんな歯の浮くようなのは、御免だな」

 そっぽを向き、くすぐったさに顔を赤らめる。

「ふ…我が儘でいらっしゃいますね。では、どういった関係でお傍にいることをお望みなのです?」
「そうだな…」





 ノックの音に、指輪がぶつかる不協和音が混じる。シエルは指輪を外して、ドアノブを回しながら叫んだ。

「セバスチャン、いつまで寝ている!もう朝だぞ!」
「やれやれ、最初からそれですか」

 セバスチャンはゆっくりと身体を起こし、ベッドの上から微笑みかけた。シエルは先程自分が脱いだ燕尾服を、片手で重そうに持っている。

「これでは、主従が逆転していないように思えるのですが?」
「何て呼べばいい。‘セバスチャン様’か」
「呼び方の問題では、ないのですが」

 そう言うと、セバスチャンはシエルの手から服を受け取った。ナイトテーブルの花瓶を避け、服を乗せる。クリスマスに活けた冬薔薇が、辺りに濃密な香りを零した。

「しかし、私はシエルと呼ばせていただきましょうか」
「…っ、お前、寝間着はどうした。何故裸で寝ている」
「私はこの家の主人なのですから、裸で寝ても問題ないのでは?」

 シエルは自分が言い出したことながら、やってられないという表情で肩を竦めた。そして服の中から下着をつまみ上げ、セバスチャンを促した。

「…どうぞ、セバスチャン」

 布団を退かし、先程シエルがしていたようにベッドに腰掛ける。見せつけるように、隠そうともせずシエルを待つ。シエルはなるべく目線を逸らしながら、苦労して下着を履かせた。

 早く、スラックスも履かせてしまおう。

 黒い爪の足を持ち上げ、丁寧に履かせる。途中でセバスチャンが立ち上がったため、シエルも立ち上がってスラックスを引っ張り上げた。が、どうにも上手くいかない。ベルトを留めようとすると、勢いよく上を向いているそれが邪魔をするのである。

「…あ、当てるな」
「シエルの手が当たっているのですよ」

 セバスチャンは面白がって、逃げるように少し腰を引いた。シエルは慌てながら、なおベルトを留めようと躍起になって手を動かした。

「やれやれ、いけない執事ですねぇ…。着替えにかこつけて、主人のモノを触ろうとするなんて」
「お…お前だって…」
「私ですか…?私はいついかなる時も、理性で抑えておりましたよ…服をお着せする時も、お身体を洗って差し上げる時も…」

 手に当たる固いものの感触が、自分の熱も高める。シエルは思わずベルトから手を離し、セバスチャンのそれを握りしめた。

「あ…」

 スラックスを突き破りそうなそれを握り、手を上下させる。その固さを掌いっぱいに感じたかった。

「ついに、降参ですか?」
「う、うるさい…」
「何です、主人に向かってその口のきき方は」

 黒い爪を翻し、小さな執事を演じるシエルの顎を捕まえる。

「許しを乞いなさい、執事のシエル」
「そ…んな…」
「主人の身体が欲しくて、身悶えする淫乱な執事ですと…」
「ぼ…僕は…」

 シエルは、何とかセバスチャンの冷静さも失わせてやろうと、人差し指と中指の間で必死にそれを擦った。

「僕は…っ…」
「ちゃんと目を見て、シエル」
「…っ」
「貴方が今可愛らしい指で擦っているものは、何です?」
「せ、セバスチャンの…」

 シエルがそれを口にしても、セバスチャンは追及の手を緩めようとはしなかった。

「もっといやらしい言葉が、貴方にはお似合いですよ、」
「セバスチャンの…、…あっ…!やっ…」
「そう…私を着替えさせるだけで、ここをこんなにしているのですから」

 そう言って愉快そうに、シエルの足の間を掴み上げた。

「っ…」
「ふ…折檻されても、文句は言えませんよね?」
「や…痛っ…よせ…」
「大丈夫ですよ。悪魔の身体は、この程度の力を込められたくらいで、機能を失いはしません」
「でもっ…痛…っ」

 力強く握りしめられ、シエルは炎のような瞳に、熱い涙を浮かべた。

「やだ…セバスチャン…ああっ…!」

 悲鳴を上げてようやく、それを開放される。
 シエルは床に座り込んで、右手でその場所を抑えた。

(あ…)




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