ReBirth

□ReBirth -02
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『僕は死神と仲が良いんだ』

 ヴィンセントはそう言って、饐えた果物の匂いがする糸杉の祭壇の向こうで嗤っていた。

『命は、余り長くない―…君はそんなに私に仕える必要はない。僕の屋敷を根城にして、夜な夜な狩りにでも行くといい。その代わり』


 僕の魂と引き換えに、僕の息子を守ってやってくれ。


「それが、契約だったはずなんですがね…」

 ヴィンセントの屋敷には、料理人もメイドも一流の者ばかりが揃っていて、セバスチャンが格別仕事をする必要はなかった。ただ、いるだけでは怪しまれるので、『ある仕事』を任されていた。



 タナカが淹れたナイト・ティーの盆と共に、ヴィンセントの書斎へ戻る。主人である伯爵は厚いクリーム色のカーテンを閉めた窓の前で、葉巻を手に立っていた。その視線の先には、いつの間に用意したのか、女物の服が一着、崩れるように椅子に掛けられていた。

「それは…、ニナさんが?」
「そう、散々タナカと揉めて、不採用になったんだ。ファントムハイヴのメイドが脚を見せるなんて、とんでもないってさ…」

 ローゼンタールのアッシュトレイで火を揉み消し、白いブラウスの胸の辺りに触れる。セバスチャンはふと、見てはいけないものを見てしまったように思い、顔を斜めに背けた。
ポットからローズ・ティーの香りが漂い、思考の逃げ場を遮る。と、主人の呼ぶ声が聞こえた。

「チェス納めはしてしまったから、他の遊びを…しようか」
「…どんなルールでございますか?」

 酒瓶に詰められた果実のように、自分が閉じ込められ、もがいているのを感じる。

 手の中のポーンを見透かすように、セバスチャンにはヴィンセントの声に隠された企みや、いつもと違う息遣いが判る。判るのに、解るのにそれをどうしても拒むことが出来ない。

 糸杉の祭壇越しに見たあの艶笑を、どうしても拒めなかったように。



「…やっぱり、私の勝ちです。ん…こんなもの、似合いませんよ」
「そう?」

 丸い襟のついた柔らかなブラウス、襟の下のリボンタイ、緑のデクライニングスカート、黒いタイツ。ニナが一番背の高いメイドに合わせて作ったらしく、何とか着ることができたが、鏡の中の自分を見て、セバスチャンは顔をしかめた。

「…違和感があります」
「どこに?…嗚呼、ここに…?」
「…っ」

 丸い襟が、緑のスカートが揺れる。

「…いけません」


 何故、悪魔である私が、彼には簡単に掠めとられて―…


「…そうだ、折角持ってきてくれたんだから、お茶を飲まないと…ね」

 タイツの前の膨らみを撫でていた指が、一瞬離れ、ほっと溜息を吐く。次の瞬間、冷たい体はクリーム色のカーテンに押し付けられていた。

「チェックメイト」

 唇を押し付け、タイをむしり取る。葉巻の匂いの奥で、その柔らかさは強引だった。




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