ReBirth

□ReBirth -10
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「…では、今日は陽射しが強いようですから、日中はこちらの落ち着いたボルドーのものを…夕食後には寮生に短いスピーチがあるとのことですから、夕方の着替えの際には寮のイメージを意識して、金糸の縫い取りのあるローズピンクとブラックのウエストコートがよろしいかと思います。ジャケットの薔薇が、映えますよ」
「…なるほど」

 シャツを替える、とは言ったが、ウエストコートまで替えるとは言っていない。
 それを自然に『替えるもの』と思っているシエルの、『自分より貴族らしい思考』にレドモンドは一瞬ひるんだ。加えてシエルは自分のスケジュールも把握し、的確に選択している。クレイトンの褒め言葉が、脳裏を過ぎった。

「面白いな、ファントムハイヴ、君は…、お菓子作りや裁縫も、得意だと聞いたが」
「ええ、まあ…」
「羨ましいよ。俺は、する必要のないことは覚えられないな」
「ありがとうございます。でも、苦手なものはありますよ」
「例えば?」
「そうですね…ダンス、とか」

 レドモンドは一瞬目を見開き、あっはは、と笑った。

「意外だな!それこそ、我々貴族の仕事みたいなものじゃないか」
「まあ…」
「よし、じゃあ今夜俺がダンスの稽古をつけてやろう」
「え、ええっ!?」

 うまく口実を見つけることが出来、レドモンドは満足げに微笑んだ。ダンスとは、婚期を迎えた男女が公然と身体の触れ合いを許される特別なものである。うってつけ、とはこのことだろう。

「でも、先輩お忙しいでしょうから…」
「何言ってるんだ、寮弟の面倒を見るのは上級生の役目だからな」
「う、ええと…わかりました」
(ソーマと同じぐらい、強引だな…)

 僕の周りにはどうも、こういう人間が多い。シエルはやれやれと思った。

「それでは、寮弟としての仕事があれば、承って夜までに仕上げておきます」
「仕事はもう、終わったよ」
「?」
「ウエストコートを選んでくれただろ。じゃあ、12時間後のデートを楽しみにしてるよ、かわい子ちゃん」

 シエルの柔らかい髪をぽんと撫でて、ドアの外に送り出す。

「…デート!?」

 お互いに、聞こえはしなかったが、ドアの内と外でそう呟いた。

「うっかり本音が出てしまったな、まあ、今夜が楽しみだ」
「あいつ…面倒なことになったな…」
「坊ちゃん、相変わらずおモテになりますねえ…」
 
 実はこの時、赤寮の庭でセバスチャンが聞き耳を立てていたのだが、二人は知る由もない。





「アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ…どうした、もう疲れたのか?」
「は…、いいえ…はぁっ」
「ふふ…少し休もう、俺も女性ポジションに立つのは初めてだから、変な気分だ」

 セバスチャンといい、レドモンドといい、『身体の大きな者をエスコートするのは余計に大変である』ということをわかっていないのか、わかった上でやっているのか。
 ソファに腰掛け、汗を拭ったタオルを腹立たしげに見遣りながら、レドモンドが差し出したグラスを受け取る。

「…あ、すみません、僕が寮弟なのに、ドリンクを用意させてしまって」
「いいよ、それより、脚が痛いか?」
「いいえ」
「だろうな、基礎はしっかり教えてもらっているようだ。手足の使い方は間違ってない…。やっぱり大事なのは、気持ちなんじゃないか?」
「気持ち、ですか…」
「嘘でも楽しいと思っていたら、気分が変わってくるぞ」

 セバスチャンと同じようなことを言う、そう思いながら、シエルは朝から妙にセバスチャンのことばかり思い出している自分に気がついた。



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