ReBirth
□ReBirth -10
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これは、何だろう。
マクミランやクレイトンといる時には、こんなことはない。
「もう一杯、飲まれますか?今度は僕が作ります」
「ああ、5:5で頼む」
レドモンドが用意していたのは、強い香りと甘みのある、ラベンダーのコーディアルだった。水差しの水で割って、差し出す。
今朝シエルが選んだローズとブラックのウエストコートの前で、グラスの中身が揺れた。
自分が先程飲まされたのは、何対何だったのだろう。ソファに戻ろうとして、不意に眩暈を感じた。
「大丈夫か?」
「ええ、だいじょう…ぶ…」
顔が熱い。思ったより、息が上がっている。
ネクタイを解こうとしたが、指が上手く動かなかった。
「横になったほうがいいな…そう、いい子だ」
「ふ…せんぱ、い…、ボタン、外して、下さ…」
「ああ…勿論」
ネクタイが外され、ウエストコートとシャツのボタンが開けられる。
膚に冷たい夜気が触れる−その瞬間を覚悟してぎゅっと瞑っていた瞼から、段々と、力が抜けていった。
「…はっ」
「お目覚めになりましたか?」
「…うわっ、お前…!」
シエルは慌てて、一つだけ点されていた燭台の明かりを頼りに、部屋を見回した。
どうやら、寮監室のベッドに寝かされているらしい。時刻は二時−恐らくは午前二時だろう。
「レドモンドは…」
「私がしっかりベッドにお運びして、可愛い後輩のメッセージカードも添えておきましたよ。『ダンスのご指導ありがとうございました』とね」
「そうか…僕も酔い潰れたが、あいつの睡眠薬が早く効いて良かった」
「激しい運動をした後は、酔いが回りやすいですからね」
二杯目のコーディアルを渡した際、気付かれないようにそれを入れたのである。
寮弟になる約束は一日、日付が変わってしまえば、逃げおおせたも同然だった。
「…ああ」
「お疲れのようですね」
「…あいつといると、変に胸が苦しかった。僕を『狙っている』のがありありとわかったし、こうやって僕の傍にいていいのはレドモンドじゃない、って…」
「おや、では、誰なら良いと?」
「…!」
眠気の残る頭で、余計なことを言ってしまったと気付く。
「…僕は、今はクレイトンの寮弟だからな」
「ふ、相変わらず、アルコールには弱いのですね」
「…うるさい、大体、僕が酔っているのをいいことに何で同じベッドで寝…」
シャツのボタンを外されていたはずだ、と胸に手を当てて、口を噤んだ。
いつの間にか、シャツもズボンも脱がされ、寝巻きに着替えさせられている。
「……っ」
「同室のマクミランさん達には、ファントムハイヴ君は上級生の用事で遅くなるから別室で寝かせると伝えています。どうぞ、今夜はここでごゆっくり」
「…そういうことか」
「朝まで同衾させていただくのは、この捜査が始まってから初めてですね…。嗚呼、帰ったらまた、ダンスのお稽古を再開しなくては」
主人の窮地を救うと同時に、自分の望みも叶える。
この完璧さに、負けてしまうのだと思った。
「で…どうだった?ファントムハイヴは」
「有能だよ、申し分なく…」
「しかし、寮弟の仕事が泊り込みになるようでは、困るな。風紀が乱れる」
「ん?夜には青寮に戻っていたはずだが?」
「…?」
ブルーアーとレドモンドは、一瞬顔を見合わせた。
白鳥宮を初夏の爽やかな風が吹きぬけ、レドモンドの胸の薔薇から花弁が一枚散った。
「…あ」
落ちる前にそれを掴み、ブルーアーは呟いた。
「…お前が信じられる寮弟を見つけるまで、代わりにボタン付けくらいなら、してやってもいいぞ」
「え?」
赤と青の、二人の距離が、一歩近付く。
通り抜けた風は混じり合い、遠くでリラの蕾を揺らしているだろう。
END
(2014/03/24完結)
参考:村上リコ『図説 英国執事』河出書房新社
お読み下さり、ありがとうございました…!m(__)m