BLUE in the nest
□BLUE in the nest -10
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† † †
長い話し合いを終えて外に出たとき、時刻は既に午後9時をまわっていた。
「ふぁ…、疲れたが…いい夜だ。異国の夜というのも、たまにはいい」
「お宿に戻る前に、少し散歩しましょうか」
宿というのは、当時総理大臣官邸として転用されていた旧太政大臣官舎である。執事と二人だけだからと、鹿鳴館に近いそこへの宿泊を希望したのだった。
二人は馬車を待たせておいて、銀座をそぞろ歩いた。金木犀の香りが、どこからともなく漂っていた。夜の街は、美しい着物を着た女性やステッキを持った紳士、威勢よく走る人力車などで賑わっていた。
ふと、セバスチャンが空を見上げた。
シエルも何だろうと足を止め、視線の先に目を遣った。一瞬、青い光が目に飛び込んで、黒い影に塞がれる。
「んっ…」
短いキス、細い腰を抱き寄せる腕。
人の流れが岩にぶつかる水流のように、二人を避け、再び混じる。
咎めようとしたが、もうしてしまったものは仕方がない。
「どこにいても、可愛らしいですね、貴方は」
「…こんなところで、恥ずかしいことを言うな」
「いけませんか?わざわざ耳に留める者もおりませんでしょう」
「それでも…恥ずかしい。言うなら、何か言い方を工夫して言え」
セバスチャンはシエルの頭を撫で、微笑む。
「…イエス、マイロード」
抱きしめる腕に、少し、力がこもった。
「月が綺麗です、貴方のお傍にいると」
シエルは目を閉じたまま、それを聞いていた。瞼の内側で、先程見たカーボン・アーク・ランプの光が煌めいた。
(今夜は、月が出ていただろうか?)
燕尾服の背を抱きながら、思い出そうとした。
(…見えない月でも、美しいのだろう)
この右眼には、眼帯をしていても黒い執事の姿が見えている。それと同じだ。そんな風に思った。
「ああ、そうだな。月が、綺麗だ」
お前が、
貴方が、いるから。
すらりと立った銀座のアーク灯が、二人を優しく見守っていた。
†END†
†後書きがあります†