BLUE in the nest

□BLUE in the nest-13.A
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† † †

「グレル・サトクリフ、貴方は一体何度規則を破れば気が済むのですか」
「ウィル!」

 グレルの頭蓋骨を踏み砕かんばかりの勢いで入ってきたのは、管理課のウィリアムだった。赤い髪を靴の下に敷いたまま、辺りを見回す。眼鏡の奥で、黄緑色の光が冷たい。

「妙な気配を感じて来てみたら、やっぱり…」
「ウィル、あの…こんなはずじゃなかったのヨ」
「黙りなさい。早く戻りますよ」
「あっ、待って…!…あ、わ、セバスちゃん、アタシ、約束は守るわヨ!すぐその子を元に戻すから!」

 死神の叫びは尾を引いて、冬の曇り空に消えて行った。二人の気配が消えてしまうと、セバスチャンは窓を閉め、大きく息を吐いてシエルのほうを振り返った。

「坊ちゃん」
「僕は…。目が、見えなくなったのか…」

 声の終わりはかすれていた。喉の渇きを感じて、シエルは少し咳込んだ。失ったものは二度と戻らない。繰り返してきた言葉が、鼓動の裏でこだました。

 パチン…と金属の触れ合う音に、顔を上げる。

「午後八時二分」
「セバスチャン…?うわっ」

 身体がふわりと持ち上がる。思わず、手探りで首にしがみついた。

「申し訳ありません、夕食の時間を過ぎてしまいました。ファントムハイヴ家執事にあるまじき失態、どう償えばよろしいか」
「お前…」
「ふ。…さ、食堂へ参りましょう。すぐ支度を致します」




 その晩、バスルームではいつもより丁寧に洗身する執事の姿があった。足を滑らせないように、躓かないように、細心の注意が払われた。

「僕の身体…どんな風になったか、自分ではよく分からないな…」
「お美しいですよ、とても」
「…っ、そういうことじゃ、ない」

 セバスチャンにとっては見慣れたはずの滑らかな肢体が、華やかさとふくよかさを纏って、温かい湯の中でピンク色に息づいていた。

(痩せておいでですから…、このくらいのほうが)

 視線を感じ、シエルは思わず両手で柔らかな胸を覆った。

「坊ちゃん、大変申し訳ありませんが…それでは洗えません。私は、あくまで執事です、マイ・レディ?何を恥ずかしがることが?」
「何がレディだっ…み、見えないから、余計、恥ずかしいんだ」

 それに、執事だと言ったって、いつもあんな…するくせに…。

 寝室へ運ばれても、シエルはまだ身体を固くしていた。
セバスチャンが留めたボタンの上から夜着をかき合わせ、弱々しく命令を告げる。

「…朝まで、傍にいろ」
「イエス、マイロード」

 それは『そういう』意味だろうと、セバスチャンは上着を脱ぐ。布団がめくられて、一瞬、冷たい空気が肌に触れた。主人の隣に身体を横たえ、細い肩に掌を置く。低い声で囁きながら、指を夜着の中に滑り込ませる。

 シエルはされるがままになっていたが、途中で我に返り、慌てて首を横に振った。

「違っ…駄目だ、そういうことをするのは駄目だ!」

(だ、第一、男と女ではどうするのかもよく知らない…)



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