BLUE in the nest

□BLUE in the nest-13.A
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† † †

「…申し訳ありません」
「…、あやまらなくて、いい…」

 セバスチャンに背中を向け、そう呟いた。閉じた両瞼の上に、大きな手が置かれる。

 それはとても、恐る恐るといった風で。

 壊れやすいものを、もののわかりかけた子供が触るような手つきで。

「貴方の目が、はやく元に戻りますように…」

 真摯な願いを包んで震えるその声は、胸の奥に、湿気を含んだ夜気を重たく広げた。シエルはその手を引き寄せ、そっと口付けた。

「…おやすみ」
「おやすみなさいませ。…こうして、お傍におります…」



 朝食の間、セバスチャンはさりげなくいくつかのニュースを口にした。ナフキンで口の周りを拭いてやり、長めの杖も用意された。

「急に年をとったみたいだ」

 普段からかなり大人びた言動をするこの少年が―今は少女の身体になっているが―そんなことを言うのが、少しおかしかった。

「お年を召されても、こうしてお傍におりますよ」
「馬鹿。僕はさっさと復讐にけりをつけたいんだ。三十年も四十年も、お前と過ごす気はない」
「おや、そうですか?」

 ファントムハイヴ邸の上には青い空が広がっていた。栗の窓枠を日差しが白く照らしていた。こんな天気のよい日に、外の景色を見られないのは残念だ。セバスチャンはそう思い、自分も窓からそっと離れて暖炉に火を入れる作業にかかった。スモール・コールは赤々と燃え、次々に周りの石炭へとその熱を移した。

 シエルは風の音と石炭の燃える音を聞いた。いつもは気がつかない音に気がついてしまう不安と、聞き慣れた音への安心が混ざった。

「…その虎、どんな顔をしていたっけ」

 シエルの声に、セバスチャンは振り返って自分の手元を見た。ブライアント・アンド・メイ社のマッチ箱には、両面に虎の絵が描かれている。

「…目の見えない子供に、いい玩具を思いついた。点字は約60年前に発明されているが、それを応用して…」

 そう言いながら、シエルは物憂い表情を浮かべた。食事にしろ、入浴にしろ、そういったことの一切は完璧な執事がいるので不便がない。だが、丸一日経って気付かされたことがある。自分は無意識のうちに、セバスチャンのことばかり思っている。知らず知らずのうちにその姿を探し、僅かな隙にも眺めている。視線の先に捕える度に心臓が跳ね上がる。見える、見えない、見える、見えない、hide-and-seek…

(自分ばかり、ずっと見つかっているみたいだ。面白くない)

 セバスチャンは一度書斎を出、カタカタという音をさせながら戻ってきた。時計の針は丁度、11時をさしている。イレブンジーズの準備をしながら、艶めく声で問いかけた。

「女の子のための玩具は、何か思い付きましたか?」

 シエルは唇を尖らせて、不愉快、という顔をした。



 女になったのは身体だけで、心は元のままである。だが、身体が心に与える影響は、大きい。
 布団の中で、そっと自分の下腹部に手を伸ばした。指で幾度か、なだらかな曲線をなぞる。



† † †
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