BLUE in the nest

□BLUE in the nest -14
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† † †

 アーリー・モーニング・ティーのあと、シエルが告げた命令に、セバスチャンはいささか戸惑った。

「は…失礼ですが、坊ちゃん。今なんと…」
「休暇をやると言ったんだ。今日だけ」

 主人の顔を穴の開くほど見つめて、それが寝言ではないことを確かめる。シエルはきまり悪そうに顔を背けると、ベッドから離れた。
 シエルの考えていることがわからなかったことなど、一度も無いのだけれど、今のセバスチャンはその意図を掴めず、ただ聞き返すばかりである。休みがもらえるなどと、思ったことはない。もらいたいとも、思ってはいない。

「貴方の駒として…どこかへ潜入して来い、ということでしょうか」
「違う。本当の休暇だ。何度同じことを言わせる」
「何故です」

 言葉の終わりは少し苛立ちを含んでいた。シエルが自分を遠ざけようとしている。それは喜ぶべきことではない。立場の上でも、また、それを踏み越えた感情の上でもである。

「何故、今日に限って私が不要なのです」
「不要?」

 背を向けて窓の外を見下ろしていたシエルは、驚いた顔で振り返った。

「僕は…」

 階下から賑やかな人の声や物音が聞こえてくる。セバスチャンは険しい表情で歩み寄り、主人の顔を覗き込んだ。シエルが思わず後ずさると、後ろで、ドレープを束ねていたタッセルが床に落ちて、鈍い音を立てた。シエルは僅かに赤面し、視線を斜め下のほうに泳がせながら唇を開いた。

「勘違い、するな。今日が何の日だか、それくらい…お前でも知っているだろう」
「2月14日です。それが何か?」
「だからっ…。僕からの、プレゼントだ…!」

 シエルは、幾日も前から考えていたのである。彼が喜ぶ贈り物を。そうして、考え抜いた挙句出した結論が『一日だけ自由にする』ということだったのだ。

「好きなように…過ごせばいいだろう。お前のいたインフェルノが、此処で再現できるなら、そうしてやるのだが…」
「…地獄、ですか…」

 セバスチャンの白い手袋をはめた手が、流れるように動いた。タッセルの外れたカーテンが翻り、光を遮る。

「…契約が果たされるまで」

 紅茶色の瞳が、赤へと変わる。朝だというのに、急に夜に引き戻された気がして、背筋がぞくりとした。

「私の帰る場所は…」

 シエルの鼓動の上に、そっと掌を置いた。服の上から乳嘴を撫で、背中に手をまわす。烙印の痕にくすぐったさを感じて、シエルはもう一度身体を震わせた。

「私の、…」
「んっ…」

 重ねた唇の刻む悦びが、甘く染み込んで、寝起きの心を満たしていく。シエルは広い肩の上に手を差し伸べ、黒髪を引き寄せた。

「貴方以外に、ないと言うのに…」
「んっ…あ…」
「離れて過ごせと、おっゃるのですか…?」
「わかっ…た…撤回する…から…んんっ」

 夜着の下に手を伸ばす。シエルを解すと、セバスチャンは我慢できずに自分のいきり立ったものを押し当てた。壁際でシエルの大腿を腰の位置に抱え、身体を密着させる。

「…やっ…こんな恰好で、恥ずかし…」
「ビー・マイ・ヴァレンタイン、坊ちゃん」
「っ…はぁっ…もう…お願っ…ああっ…はぁ…」

 シエルは一瞬大きく背中を逸らせて、セバスチャンの胸に額を埋めた。脚を下ろされると、熱い液体が滴り落ちるのがわかった。唇を引き結んで、耐える。見上げれば――セバスチャンはポーカーフェイスで、僅かに口元を緩め、シエルを見ている。こいつ、と握った手を、大きな手が包む。

 床の上には、タッセルと、汚れてしまったナイティ。点々と脱ぎ捨てられた、燕尾服、シャツ、タックのまっすぐなスラックス。
 持ち主は、きっと、甘いチョコのように溶かされてしまったに違いない。

†END†

(Let's flip a coin. Heads or tails?)
 

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