BLUE in the nest
□BLUE in the nest -16
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† † †
アンダーテイカーはわくわくする胸を抑えながら、馬車が到着するのを待っていた。
花々が満ち溢れさせた甘い香りを、春風が小鳥の歌と共に風下へ運んで行った。
もうすぐヴィンセントが屋敷に「帰って」くる。そこへ自分が声をかける手筈になっている。
事の始まりは約二時間前、ファントムハイヴ邸でのこと―…。
「ねぇ、お芝居をしようよ」
ヴィンセントの言葉に、アンダーテイカーは小さく首を傾げた。
「誰に見せるの?」
「誰にでもないさ。二人だけで楽しむんだ」
つまりヴィンセントは何かになりきって遊ぶ、という些か子供じみた提案をしているのだった。アンダーテイカーは笑いながら、再び問いかける。
「ヒッヒ…いいけど、どんな筋書きなんだい。君は何の役?」
「私は…」
ティーカップを持ち上げて、少し考える。
「とんでもなく悪辣な貴族、ファントムハイヴ伯爵」
「あんまり、今と変わらないじゃないか」
「君は大役だよ、いいかい…」
アンダーテイカーは長いスカートの裾をたくしあげ、馬車がやって来るはずのほうへ首を伸ばした。髪を包んだベールから幅の広いリボンが垂れ、ペールグリーンの膨らんだ袖の上で揺れた。
(ヴィンセントが乗った馬車が来たら、駆け寄って…)
突然、背後からけたたましい馬の嘶きが聞こえた。土煙を上げながら、物凄い勢いで馬車が近付いてくる。
(あれ?こっちだったかな?)
道の向こうに目を凝らす。ファントムハイヴ家の馬車ではない。あれは…?
「あっ…!」
アンダーテイカーの目の前で馬車が止まり、屈強そうな男達がばらばらと飛び出して来たのである。危険を感じて死神の鎌を呼び寄せようとした。が、間に合わない。
「んんっ…!」
口を塞がれ、馬車の中に押し込まれる。話し合う低い声が聞こえる。
―運がいいな、門の外につっ立ってるとはな。
―おい、脅迫状は置いたか。
―この背格好、間違いねぇ。早く連れて行こうぜ。…
どうやら、伯爵邸にいる誰かを誘拐しようとしたようだ。女装した葬儀屋を、それと見分けて狙ったとも思えない。
(まさか…、フランシス嬢と間違えて…?)
自分が男であることは、すぐに発覚するだろう。一刻もはやくヴィンセントに知らせなくては、そう思いながらアンダーテイカーは忌々しそうに猿轡を噛んだ。
(ヴィンセント…今頃…)
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