BLUE in the nest

□BLUE in the nest -18
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「赤い服を着た女が現れて、金魚に餌をやるそうだ」

 シエルは昼間来た友人が、普段あまり語らない阿片工場の様子を話していたのを思い出しながら呟いた。人差し指と中指の間で、チェスの駒が揺れている。

 劉のケシ畑は海外にある。4月の半ばになると何エーカーもの広大な土地に紅と白の花が上を向いて咲き、辺りはやや不快な臭気に包まれる。夜には臭いがおさまるため、見張りは日が落ちてから巡回に出かける。
 見張り小屋の入口には、金魚を入れた大きな陶製の鉢が置いてある。見回りに行った者がケシ畑を一望出来る櫓に上り、小屋のほうを振り返ると、入口の傍に女が座っている。金魚鉢の横で古代ローマを思わせるシュミーズの袖がゆらゆら揺れている。慌てて戻ると、女は跡形もない。
 小屋にいた者は、気が付かなかったという。それから巡回の回数を倍に増やし、誰かが櫓に上るときには必ず小屋の入口にもう一人が立つことにしているが、その場所では、再び現れたという報告はない――。

「餌やりぐらい、気にするなって我は言ったんだけど」
「問題はそこじゃないだろう」

 シエルは花柄のカップをソーサに置くと、ちらりとセバスチャンを見た。
 ただのオバケ話であれば、はやく終わらせて別の話題に移りたい。が、セバスチャンは給仕をしながら、続きが聞きたいという表情で、意味ありげに劉とシエルを交互に見た。シエルはため息を吐くと、劉の話を反芻した。脳裏に、花の群れが浮かぶ。生温い風に震える薄い薄い花弁。光景は次第に鮮明になり、話の中の「引っ掛かり」をシエルに突き付けた。




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