BLUE in the nest
□BLUE in the nest -19
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シエルはイーゼルの前で、小さく首を傾げた。眼帯にかかる髪を、細い指ですくった。ぴんと張られた画布の上半分には既に薄い青の顔料が塗られ、リンネルの繊維に硬質のうねりを与えている。
昼間見た雲を思い浮かべ、飴色の筆先に鉛白を絡めとらせると、画布の上でスキップさせるように動かしてゆく。点々と残る筆の跡は、室内の明かりを反射させてまばゆく光った。
1874年に第一回印象派展が開かれたときはまだ、その画風は人々に受け入れられなかったが、現在では英国での評価も高まりつつある。これまでの絵画にも、その中に光を見ることはできた。ポートレートの白い肌、真珠の一つ一つに光は宿っていた。だが、モネの絵は違う。まるでそれ自体が光源となって、光を放っているかのようである。
あの絵の世界に入りたい。あんな光の中へ。…
しばらく考えて、シエルは絵筆を置いた。イーゼルからカンバスを外し、静かに部屋を出た。
意識はベッドの中で宙づりになっていた。少しずつ糸を手繰り寄せては、止める。長く手を止めていると、再び眠りの海に引き込まれそうになる。
起きようか、起きるまいか。宙づりの意識から眺めていると、眠りの海は徐々に濁り、思い出したくない光景を浮かび上がらせた。
『燃やせ』
さざ波が声を運ぶ。
僕は悪魔になった。…
意識がそろりそろりと下りてゆく。眠りの海は今や荒れ、罪の自覚が渦を巻いている。
それを一気に引き上げたのは、シエルの耳に飛び込んだセバスチャンの声だった。
「おはようございます」
「ん…」
カーテンを開ける音に、反射的に目を開ける。窓辺にたくさんの光が揺れている。
「坊ちゃん、よくお休みになられましたか」
脳裏に暗い海が広がり、シエルは僅かに顔をしかめる。
「悪い夢でも、ご覧になられたのですか」
セバスチャンの白い顔に心配の色が広がる。シエルは黙って首を振り、セバスチャンの肩を抱いて引き寄せた。
「坊ちゃん」
紅茶の香りと抱き慣れた感触に、意識はふっと霧のように散った。