BLUE in the nest

□BLUE in the nest -23
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‘Tom, he was a piper's son,…’

 頭の中で子供達の歌が繰り返し起伏していた。低い声はざらついて、月下に冷える砂の道のように、追い払われては逃げ、また現れては我が物顔で意識を支配しようとした。

 二人はレンボーン貧救院からの帰路をただ黙って歩いていた。セバスチャンの手にはシエルの帽子から離れた光沢のあるリボンが握られていた。リボンの手触りはすべすべして柔らかく、「まるで坊ちゃんと手をつないでいるかのようですね」そう考える余裕がセバスチャンにはあった。しかし二人ともただひたすら黙っていた。
 シエルは予想外のことにすっかり打ちのめされていた。冷たい空を見上げ、ため息をつく。‘冴えない空’、ヴェルレーヌが『かえらぬ昔』(Nevermore)の中でそう詠んだのはこんな空だったかもしれない、と思った。

(冴えない空の下で僕ら二人は幸福ではない…冴えない顔をした僕に、聞こえるのは枯れ草の踏まれる音と胸苦しいリフレイン…雲の下では矮小な空が舞う鳥を歪めている。色褪せた…何も救えずただ垂れ込める空…世界を見て見ぬふりする傷ついた薄い空だ。…)

 シエルの目には、雲は空を引き裂いて天から流れ出ているように見えた。二人の上には次第に灰色の雨雲が覆いかぶさってきていた。季節に遅れた、道端の花が湿った風に震えていた。降りそうだ、と思った瞬間、白い肌を温い雫が濡らした。

「あ、め」
「あそこで雨宿り致しましょう」

 見ると、枯れ草を刈って広げた丘のふもとの平地に、一軒の工場が建っていた。

「あれは…」
「どうやら、ジェットの加工場のようですね」

 ジェットとは石炭のような化石の一種で、黒く艶があり宝飾品などに用いられるものである。ヴィクトリア女王の時代には、喪服の未亡人たちが愛用していた。
 少し休ませて欲しい、とセバスチャンが声をかけると、工場長らしき男が「へえ、お貴族さまですか」と頭を幾度も下げながら二人を奥へ案内した。お貴族さま、という言葉に、シエルは少し顔を歪めたが、すぐ何事もなかったかのように唇を引き結んで歩き出した。

 二人が案内された応接室には、小綺麗なソファが一つとテーブルが一つ置かれていた。テーブルの上の花瓶には枯れた菊がさしてあり、うっかり鼻を近づけるとすえた匂いが鼻腔に忍び込んだ。その横に黒く光る塊や、指輪や腕輪がいくつか無造作に残されていた。恐らく、ここに仲買を通して、こういった見本を見せながら商談をするのだろう。
 シエルを座らせると、セバスチャンは雨を見張るように窓辺に立った。シエルはジェットの指輪を手にとって眺めていたが、「お前も座れ。しばらくは止まないだろう」そう声をかけてセバスチャンを近くに来させた。



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