BLUE in the nest

□BLUE in the nest -24
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 吹雪は絶え間なく前方からやって来、無遠慮にぶつかっては走り抜けて行った。
 山の中腹でははぐれた渡り鳥のような二つの人影が点々と足跡を残して歩みを急がせていた。黒いマントにはりついた白い塊が時折重みで音もなく落ちてゆく。いや、全ての音は雪嵐に負けてしまうだろう。一メートルの距離もない二人の間でも、声を発して聞き取れるとは思えなかった。遠くの木々はガラスで出来ているのかと思うほど瑩然として風に耐えていた。
 やがて二つの人影は一軒の小屋の前で立ち止まった。雪山には似つかわしくない、派手に塗られた看板がかかっている。重い扉を肩で開ける。途端にあふれ出す何かのつんとした匂い、女達の笑い声。両側の壁に沿って大きなベッドが並べられている。天蓋から垂れた橙や黄色の薄絹が賑わしさに呼応するようにはためいていた。

 男は自分達だけのようだった。相棒が言った。「まだみんな処女なんだろう」「処女?」「今日一番の客ってことさ」
 確かに、何の店であれこんな場所に在るのではよほどの物好きしか来るまい。何故自分はこのような処へ…と考えていると、相棒にぐいと背中を押されよろけてベッドに倒れ込んだ。

 女の顔がすぐ近くにあった。「何人ベッドに入れようか…そら…」「待っ…、グレイ…」
 何かに覆われ、腕を伸ばして助けを求めた。身体が溽暑に汗ばむのをを感じた。

「グレイ…!」





 自分の声と妙な感触に、フィップスはぞくりと目を覚ました。
 シャツがじっとりと濡れている。一瞬、吹き荒れる雪が脳裏を過ぎった。が、自分がいるのは雪山でも怪しげな店でもなく、暖かい寝室の中だった。壁を隙間なく覆うタペストリーには、仙境のような東洋の山々が描かれている。

「お前は…」
「ファントムハイヴ家の執事ですよ、お忘れですか」
「セバス…チャン…殿…?」

 フィップスは自分がセバスチャンの肩をつかんでいることに気付き、慌てて手を離した。そしてまじまじと相手の顔を見た。
 セバスチャンのようだが、声や身体つきが明らかに違っていた。深緑色の重たげな裾からは、真珠のついた小さな靴がのぞいている。この上なくふっくらとした肌はたくさんのレースの下へ続いている。固いコルセットに押し込まれた双丘は、息をする度に悩ましげに盛り上がった。
 フィップスは吸い込まれそうな視線をなんとか逸らし、部屋の中を見回した。



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