BLUE in the nest

□BLUE in the nest -25
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 霧に迷う月の光が、闇の奥から現れた双頭の鷲に手を伸ばした。紋章のついた大きな馬車は、やがて賑やかな声の溢れる館の前に停まった。

「では、坊ちゃん」

 セバスチャンはシエルの眼帯を解くと、代わりに青い仮面をつけさせた。携えていた丸い箱の中から、縁に羽根のついた小さな帽子を取り出す。右眼が隠れるように乗せ、そっと抱き寄せると、シエルはイヤだという風にその身体を押しのけた。

「…後で、だ」
「御意」

 セバスチャンはシエルの指からシールリングを抜き取り、大事そうに胸ポケットにしまった。

 薄暗い会場には仮面をつけた男女が既に大勢集まっていた。仮面舞踏会は厄介である。問題が起きても、主催者が「顔を見ていないのでわからない」と言ってしまえば、客を特定することは難しかった。

 イタリアのマフィアがフランスを巻き込んで、今度は薬物ではなく別のものでイギリスを乗っとろうとしている。フランスの中国系移民と繋がりのある劉が情報をもたらしたのとほぼ同時に、女王からの手紙が舞い込んだ。万博で景気づいているイギリスの観光産業が、彼らの狙いらしかった。

「フランス人とイタリア人とが手を組むなど、『シチリアの晩鐘』の頃には考えられませんでしたがね」
「何を重んじるかは人それぞれだ、損得勘定だけで動く奴もいる…」

 群れる熱気の中、二人は左右から伸びるダンスの誘いを振り払い、大ホールの前に辿り着いた。事前に入手した葡萄色のタイを見せると、執事が恭しく扉を開いた。これが唯一、他の客と主催者のテーブルにつくことを許された者を識別する手段だった。

 食間デザートの皿が片付けられ、カレー風味の料理を盛りつけた金色の皿が並べられる。シエルは陶器のケースに入れられた献立表を眺め、最後のデザートまでの道程を確かめた。

「この野兎は我が領内で捕まえたものです。味付けは女王の側近、カリムシェフから直に学ばせました。さ、どうぞご堪能下さい」

 シエルは小さく切って口に入れたが、慌ててグラスを取り、その中身を流し込んだ。




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