BLUE in the nest
□BLUE in the nest -25
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「ケホッ…ケホ」
「坊ちゃん、こちらを」
水だと思って取ったグラスには、強いワインが入っていたのだ。セバスチャンが、別のグラスをシエルの手に持たせる。
「うっ…辛かった…」
涙目でテーブルを見渡すと、平気な顔で料理を口に運んでいるのは二、三人で、ほとんどが神妙な顔付きでグラスの中身を空けていた。賑やかな場に似つかわしくない、気まずい沈黙が流れる。シエルの斜め前に座っていた男が小さな声で呟いた。
「Un ange passe...」
隣にいた婦人が聞き返すと、男はフランス訛りの英語で答えた。
「ハ、ハ、フランスではこういう沈黙のとき『天使が通った』と言うのです」
「気が利いていますわね」
その遣り取りを、二人は黙って見つめていた。
「ここか…」
気付かれないようにフランス男の後を追い、ロンドンの町外れに来ていた。まともな貴族なら、こんな場所の宿に滞在しているはずはない。
「坊ちゃんはここでお待ちを」
「駄目だ、僕も行く」
ほう、とため息をついて、セバスチャンは身構えた。
「では…遅れずついて来て下さいね」
「なっ…おい!」
目にも留まらぬ速さで客室に乗り込むセバスチャンを追って、一生懸命に階段を駆け上がった。デザートをたくさん食べたあとなので、少々胃が重い。
「セバスチャン…!」
客室では既に、セバスチャンが男を縛り上げ、証拠になりそうな書類を二、三通見つけ出していた。
「はぁ…お前…仲間の居場所を吐いてもらうぞ…」
階下では寝ぼけ眼の主人が、何事かと様子を窺っていた。「大変お騒がせしました」とセバスチャンが金貨の入った袋を置くと、主人は文句を言いながらも引き下がった。二人は捕らえた男を引っ張りながら、静かに宿を出た。