BLUE in the nest
□BLUE in the nest -26
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「やっぱり素敵ね、家のメイドはこんなにいろいろ、お話してくれないもの」
「…」
そのメイドは仕事熱心なんだろう、という言葉を、シエルは乗せすぎたクリームで見えなくなってしまったスコーンと共に飲み込んだ。
確かに、執事達は入れ代わり立ち代わりやって来て、『女友達の誘いを断れなかった少年』が退屈しないよう、最大限の配慮を怠らなかった。が、一番の売りであるハンサムで長身の青年らが1ダースいても、少年にとってあまり嬉しいものではない。
自分も、あと5年もすればこんな風になれるのだろうか…?…とてもそうは思えない…。
二時間ほどのティータイムの後、いってらっしゃいませ、の言葉に送られ、不思議な気持ちで外に出た。
「想像していたより、ずっとずっと楽しかったわ!ねぇシエル、また来ましょうね」
「うー…ん」
(来てもいいが…執事喫茶に行ったなんて、家にも学校の奴らにも言えないな)
知った顔に見られてないだろうな…と、シエルは夕闇に沈んでゆくベイカー街を見回した。
あれ、と思い、数メートル先に目を凝らした。
違和感を覚えたのは、視線の先に‘執事’がいたからである。
‘執事’--だとシエルが思った青年は、黒のテーラード・ジャケット、黒のスラックスを身につけ、よく磨かれた黒の革靴を履いて横断歩道を渡ろうとしていた。背は高く端正な顔立ちで、白い額にかかった黒髪をかき上げる指がとても優美である。青年は、ふ、とシエルの視線に気付いて振り返った。
目が合うと、びっくりしたように足を止めたが、ややあって我に返り、シエルとカフェの看板を交互に見た。
(あ、)
クス、と笑うように顎に手をやり、意味ありげな眼差しを残して再び歩き出す。
(…何だ、今の!)
紅潮した頬に、風が冷たい。
店の看板を携帯電話で写していたエリザベスは、シエルがむくれているのに気が付くと慌てて声をかけた。
「シエル、ごめんなさい、待たせて。駅に戻りましょう」
「ああ、いや、いいんだ。寒くないか、リジー」
「平気よ、ねぇシエル、さっきね…」
来たときと同じようにエリザベスの話を聞きながら、シエルは振り返ってもう一度青年の姿を探した。
黒ずくめのハンサムは、ちょうど手芸店のドアに手をかけたところだった。
(……自分だって、少女趣味じゃないか!)
シエルは半ば強引にエリザベスの手から白鳥のマークの入った紙袋を受け取ると、パブに入る煙たい一団からエリザベスを守るように、勇んで歩き出した。