BLUE in the nest

□BLUE in the nest -32
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 艶やかな花弁が朝の光を透かし、美しい濃淡を描いていた。
 ギリシャ神話の美少年の生まれ変わりにしては、女性的な花だ。マリー・アントワネットの結髪師レオナールの指先が生んだかのような優雅な曲線が、濃密な香りを振り撒いていた。

「ユリの仲間なんですよ。花言葉は『初恋のひたむきさ』だったかな」

 アランはどこかから探し出してきたガラスの花瓶を、よいしょ、と置いた。大きな花がサンドで流線的な模様を描いた花瓶によく映え、無機質だったウィリアムのデスクは急に華やいだ。

「どうせ、グレル・サトクリフが置いて行ったんでしょう」

 ウィリアムの表情は固い。気味が悪いので捨ててしまいたかったが、目ざといアランが飾ってしまったのだ。

「サトクリフ先輩なら、赤いお花にすると思いますけどねぇ…」

 アランはしばらく首を傾げて、ピンクと紫のヒヤシンスを眺めていた。

 一番最初に出勤したはずの、ウィリアムの席に置かれていた花束。初恋のひたむきさなどと言われても、グレルでなければ誰が置いたのか、見当もつかない。

「あ、切り花を長持ちさせる薬剤があるんですよ。あとで持ってきますね」
「とっくに死んでいるものを‘延命’させるなんて、死神の仕事とも思えませんね」
「そんな、まだ上のほうの蕾はこれから…」
「おはよーございます、先輩!」

 回収課のロナルドが顔を見せる。
 管理課の部屋に来て挨拶をしなければならないなどという決まりはないが、何人かは毎朝必ずそうしていた。

「おはよう、ロナルド・ノックス」
「よお、アラン。ここにいたのか」
「あ、エリック!」

 アランはウィリアムに一礼すると、パートナーの元にパタパタと駆けていった。
 空気が揺れ、甘い香りが広がった。ウィリアムは眼鏡の位置を直すと、端正な顔をしかめた。






 どうして、そういうことになったのか。

「全く…」

 逃げてゆく‘害獣’を忌ま忌ましげに見送り、路地裏で足をさすりながら座り込んでいる後輩を振り返る。
 白いスニーカーで飛び回る、運動神経なら抜群のはずの後輩。

「えへへ、すみません先輩。そこ飛び移るときに、何か、引っかけちゃったみたいで」
「だから回転式のデスサイズは使用許可が下りにくいんです。威力はありますが、余計なものまで巻き込みますから」
「なるほど!あいたた…」

 肩を貸すが、予想より痛みがひどいようだ。

「…協会に連絡して、救急車を呼びますか。自腹ですが」
「あ〜、…」

 顔を近付け、えへへ、とウィリアムを上目遣いで見る。

「…何ですか。近いですよ」
「先輩がおんぶしてくれたら、いけると思うんですけどぉ」

 …馬鹿。

 みるみるうちに眉間に刻まれたしわは、いつもより深い。

「…」

 しばらく睨んでいたが、そうしていても問題は解決しそうになかった。

「はー…」
「やった、ありがとうございます」

 ロナルドはウィリアムのジャケットを預かると、両肩に手をかけた。

「せーの」
「…っ、重い」

 おんぶなんて、何十年ぶりだろう。

 全く、どうしてこういうことになったのか。

 両脚を持つと、真っ白なスニーカーが目に入った。それは少し、綺麗好きなウィリアムに好感を与えた。






 静かな廊下に一人分の足音が響く。

「仮眠室なんて、あったんですね〜」
「よっぽど忙しい時でなければ使用しない部屋です。戦争やら革命やら…」

 ウィリアムは少し疲れた声で、背中の荷物を背負い直した。
 冷たい鍵で扉を開くと、緑の壁に沿って質素なベッドが十個並んでいた。机や椅子は、変色や埃を防ぐために綿の布がかけられている。誰かが寝ているところに入り込んでしまったような気がして、神妙な面持ちで明かりを点した。

「墓場…資料室より寒いスね、ここ」
「頭を冷やすには持ってこいでしょう。…さ、」

 ベッドの横で少し腰を屈め、降りるよう促す。が、ロナルドの手はウィリアムの肩に置かれたままだった。

「…ロナルド・ノックス。何をしているのです」




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