BLUE in the nest

□BLUE in the nest -37
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(…)

 ビリッと小さな音がして、フィップスは慌てて着かけていた黒いシャツを脱いだ。

 乱暴に扱ったために、肩のところがほつれてしまっていた。
 フィップスはいつも持ち歩いている針と糸を取り出して、窓にかざして見た。剣の腕では及ばないが、自分はこういった、グレイに出来ないことが得意なのだ。小さくため息を吐いた。

「フィップス、入るよ」

 コンコンとノックの音がし、着替えを終えたグレイが顔を覗かせた。

「はぁ!?先に行ってて、何でまだ終わってないの?」

 昼食前のグレイは不機嫌である。フィップスは思わず、何か口に入れさせるものはないかと部屋の中を見回した。

「さっさとしてよね」

 説教するなとか早くしろとか、グレイはとにかく注文が多い。
 そうして文句を言いながらも、何故かフィップスと共に行動することに決めてしまっている。一緒にいれば、より青年の二人組らしく見える、そういう計算もあるのかもしれなかった。

 グレイは口を尖らせてどさっとソファに腰を下ろしたが、相棒が針と糸を持っているのを見ると、「あ、ボクも」と言って形のよいブーツを脱いだ。

「靴下のさー、ここの金ボタンが外れそうだから、直してくれない?今日一日もてばいいんだけど」
「あ、ああ…」

 フィップスはしゃがんで、ブーツの下から現れたグレイのふくらはぎを支えようとしたが、「あ、脱ぐから」と小さな手で遮られた。

「着たまま縫うのは、縁起が悪いって言うじゃん」

 『剣で切れるものしか信じない』が口癖の割に、グレイはよくそういった迷信を口にした。それは古い家柄の人間特有の感覚かもしれなかった。

 靴下が足首までひらりと落ちた。白い脚の前で、フィップスは手早くボタンを直すと、黙ってそれを履かせてやった。

 二人の間に、ちょっと妙な空気が流れた。

 思いがけないものが降ってきて、それに圧迫されたような気がした。グレイもようやく、フィップスの表情が固いわけに気が付いた―シャツを着る前の彼が跪いて、自分の脚に触れているのだ。グレイは少し動揺して、脚を隠すように慌ててブーツを履いた。

「フィップス、」
「な…何だ」
「…」

 息を飲んで、続けるべき言葉を探した。自分は、何を聞きたいのだろう。

「その…」
「…」
「…胸が大きくなっても、傍にいてよね?」

 その問いの真意をはかりかねて、うろたえているフィップスを見、グレイは急いで付け加えた。

「フィップスは…だって…例えボクの裸、見たって、平気だよね?」

 フィップスは目眩を感じながら、ソファから離れると、繕ったばかりのシャツを手に取って背中を向けた。

「お前…俺を何だと思ってるんだ?」
「…」
「平気では、ないと思うぞ…」
「え…裸っていうのは、例えだけど…だ、だから………もういいよ!食堂に行くから、早く来てよ!」

 跳び起きて、グレイは脱兎のごとく部屋から逃げ出した。廊下の先に、ジョンの姿があった。

「馬鹿!」

 グレイは力一杯ジョンの右頬を殴り付けた。

 宮廷内でのこんな暴力沙汰は、親しい間柄といえどご法度である。ジョンは目をぱちくりさせながらも、グレイを柱の陰に引っ張り込んだ。

「いや、殴るんだったら見えない場所にしてくれ。ほらこのゴーグルの下でも」
「フィップス…」
「何?」
「フィップスの前で、何で胸のことなんか!」
「…悪かった?」
「もっとこっそり言ってくれればよかったのに!おかげで…」

 グレイは口をつぐんだ。

 おかげで、何だと言うのだろう。

 はっとして、記憶に手を突っ込んで、探した―今まで自分達は節制に守られていた―だが、もしかしたら―もしかしたら、見えていなかっただけなのかもしれない。…

「フィップスに知られると、まずい?私は平気なのに?」
「……!」

 多分、それは存在したのだ。

 見えていなかった、だけで。




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