BLUE in the nest

□BLUE in the nest -39
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 夜陰に沈む門の前で、シルクハットの紳士が馬車から降り、二、三度咳ばらいをした。蝙蝠が、不吉な羽音を立ててガス灯から飛び立った。紳士はちょっと嫌な顔をしたが、首を振って、夜露に濡れた芝生の上を歩き出した。ドアマンに招待状を見せ、屋敷の中に入って行く。

 エントランス・ホールで階段の手摺りにもたれて立っていた眼鏡の青年は、紳士のほうをちらりと見遣り、マホガニーの欄干を撫でて歩き出した。

 その手は驚く程白かった。

 広間の入口で、青年は紳士を追い越した。「すみません」長い睫毛を伏せて青年は呟いた。紳士はシルクハットの下で眉を上げた―そして、広間に入ることはついになかった。彼の魂はその場で、青年の白い手によって引きはがされたのである。





 ある国の兵士が
 ある国の王女に

 一目惚れして
 諦めきれずに

 想いのたけを
 打ち明けたのだが

 『100日の間
 昼も夜も私の
 バルコニーの下で
 待っていて下さい

 そうすれば私
 貴方のものに
 なりましょう』

 出されたのは
 過酷な試練

 兵士は待った
 雨の日
 風の日
 テラコッタの
 屋根を灼く炎天下
 小鳥がみんな
 首を縮める雷の中

 兵士の身体は
 白く痩せ衰え

 それでも待った99日目の夜
 あともう1日で望み叶うその時に

 兵士は椅子をもって
 静かに立ち去った





 アランは急ぎ足で歩いていた。
 パーティーのBGMに煽られ、人々の動きは大きくうねり、弾けている。薄絹のドレスと同じ紫色の髪飾りをつけた婦人が、黒いスーツの男に腕を預け危なっかしい足取りで踊っている。カード・テーブルでは笑顔の下で黒い企みが交錯し、といっても些か昂じすぎた遊び以上のものではなく、テーブルの端では酔い潰れて寝ている者もいるのであり―どこもかしこも陽気さに支配されていた。

 エリックはどこにいるのだろう。

 新しい編み上げの靴に細身のスーツ、少し派手な黄色のストライプタイに、周りの人間には見えない、狩ったばかりの魂を携えて、アランはエリックを探しながら足早にガーデン・テラスのほうへと向かった。

 南国の珍しい植物がプールサイドの濡れた床に妖しげな陰をいくつも作り、水面で反射した照明はまばゆく揺れていた。一際カクテルグラスを頻繁に交換しているグループの中心に、エリックがいた。




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