04/24の日記

07:39
広島旅行記.2(画像注意)〜ウサギと毒ガスとヴェル氏〜
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休暇村の建物前に送迎バスが来ているところ

瀬戸内海!

ヴェルレエヌ氏(ヴ氏)「翌日はレンタサイクルで島内を一周しました(・∀・)」

−ヴェル氏はのんびり座って海を眺めていたかったようですが、母の提案でそうなりました。とても30以上年が離れているとは思えませんね。
ヴ氏「…(;・∀・)駐輪場で待っているウサギや、自転車の音を聞きつけてわらわら駆け寄ってくるウサギ…写真を撮るためにちょっと止まると、すぐ囲まれます」

ごはんは?

−島のあちこちに戦争の名残を留めているものがありました。

毒ガス処理の際焼かれたという黒い貯蔵庫跡

ヴ氏「船の中に毒ガス資料館のパンフレットもあったし、別に秘密というわけではなくて、」

−単にヴェル氏が知らなかっただけのようです。
ヴ氏「…(;・∀・)」


毒ガス製造のための発電所跡
木で島の外からは見えないようになっています

独特の趣を感じます

発電所跡前で水を飲むウサギ

ウサギ穴

砲台跡

−島の中ではすれ違うときに皆さんと挨拶しました。自転車を置いて展望台に続く道を上ったのですが、これはわりときつかった…ウラジロがたくさん生えていたので、胞子が飛んでいるのか、花粉症の母がつらそうでした。

展望台の上で待っていたウサギ

日時計

ヴ氏「水入れがカラだったので、お水をペットボトルに入れて持っていけばよかったなあと思いました」
−リピーターはそうしているみたいですね。
ヴ氏「展望台から降りて自転車のところへ戻り、更に島内一周を続けます…灯台と海岸線は絵に描いたような景色です( ・∀・)」

−天気が良くてよかったです。母は『元就さんが、昨日頑張ったから晴れにしてくれたんや』と言っていました。
ヴ氏「ツンデレ…」

えさえさー

えさー!
−ウサギは猫と違って触られるのが苦手なようですが、餌がほしいときはペタペタしてきます。ポケットの中まで覗かれました。
ヴ氏「この後慰霊碑やビジターセンターを見ました。ビジターセンターでは大久野島の生き物を紹介していて、ウサギの写真もたくさん展示されていました」

カブトガニもいました

−そしていよいよ毒ガス資料館へ。

ヴ氏「母がとても熱心に見ていたので、ちょっとびっくりしました。関係ないんですが、母は私が陰惨な海外ドラマとか見てると『そんなんやめなさい』って言うのに、NHKの戦後○○年みたいなドキュメンタリーは結構よく見ているのです。どうも、母が生まれたのは戦後すぐだったので、どういういきさつで戦争が始まったかとか習ってないみたいで。毒ガスのことも、広島に少し住んでいたのにこういう島があることすら知らなかったというのがショックだったのかもしれません」

−ここの展示物もとてもショックでした。従業員用・民間用の防毒マスクがあるのですが、なんて言うんですか、口から出た管が、普通映画とかで見る潜水服みたいに酸素ボンベにつながってると思うじゃないですか?違うんですよ。なんか普通の布のリュックみたいなのにつながってるんです。
ヴ氏「さびた毒ガス弾や、京都で焼き物の技術を使って造られたという冷却器、大久野がまるごと消されている地図、そして馬用の防毒服もありました。防毒と言っても覆っているだけといった感じで、脚とかは全然出ているんですけれども」

−工員の顔はガス焼けで赤茶けていたそうです。事故が起きたため毒ガス探知にジュウシマツのカゴをぶらさげるようになった、ということや、毛を剃ったウサギを動物実験に使ったことなどの記録もありました。
ヴ氏「大久野島の300羽のウサギは『毒ガス探知用』でも『実験の生き残り』でもなく、島外の小学校が飼いきれなくなって放したのが始まりだそうです」

−この資料館は、毒ガス製造に携わって皮膚や肺を患った人々の被害を伝えるだけでなく、毒ガスが実際に戦争で使われ、今も外国の土地に残留しているために開発などの際に誤って開けられ多くの人を苦しめている、そういう事実も訴えています。
ヴ氏「毒ガスは条約によって戦争で使ってはいけないことになっていたのですが、戦争裁判では、実験データを渡すことを条件に免責されたそうです」

−かつて毒ガス製造に携わった人たちが中心になって、国に補償を求めたり、その国に謝罪の旅に行ったりしているそうです。製造に携わった人もほとんどは実情を知らずに作らされたわけですが(苦しまずに死ねる人道的な兵器だと半ば洗脳的に教育された)、『被害を受けた国の人にとっては、作らされたのも作ったのも同じ』という資料の言葉が痛かったです。
ヴ氏「今の原発のことも絡めて考えさせられましたですよ。一度休暇村の建物に戻ったあと、母が温泉に行っている隙にまた資料館に戻って『在庫ある資料本全部下さい』と言って買ってきました。おじさんは研究でもしてるんですかと目を丸くしていましたが…」

−いやでもこれ買ってよかったです。しかもまとめて買ってよかったです。一つ知るとまた一つ疑問が出てくるといった感じなので…。

【購入した資料一覧】(一冊500〜800円)
『それは、記憶をたどるところから始まった。 記録にない島』毒ガス島歴史研究所会報創刊号〜第13号
『毒ガス島と少年 「大久野島」を語り継ぐために』村上初一(村上さんは毒ガス資料館の初代館長さんなのです)
『毒ガス島の歴史《大久野島》』編集:村上初一
『遺棄毒ガス問題-検証と証言-』毒ガス島歴史研究所

ヴ氏「島内一周を終え、ウサギとたくさん遊びました(・∀・)」

さむいさむい

こわい
ヴ氏「昼過ぎにもなるとウサギたちは満腹で眠そうな感じです」

海がきこえる

わらわら

おしり
−この構図撮りたかった!
ヴ氏「子ウサギも何匹かいて、そのうち一匹よく見かけた子にミニもふという名前をつけました。なわばりがあるのか、だいたいいつも同じ場所で見かけたように思います」

ミニもふ

おや?

おやおや
−お腹がいっぱいで動けなくなっていたところをキャッチ!
ヴ氏「かわいいかわいい(*´ω`*)」

−ウサギの写真を載せたので、もう旅行記は終わりでいいですね。
ヴ氏「…(;・∀・)」

<いや、続きます…!>

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