06/23の日記

06:24
ふたセバ 2
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「ファントムハイヴ家の執事たる者…」

 セバスチャンはそう言いかけて、白いシャツを持ったままふと口をつぐんだ。
 この家の執事は、自分である。それなら<ミカエリス>は何なのか。執事が二人いても構わないのではあるが、面白くない気がする。

「…貴方には、裸にベストで充分ですね」

 身なりを整えさせるのはやめ、ミカエリスに各部屋の掃除を言い渡した。夕食の支度を始めるまで、セバスチャンはずっとシエルの傍で用をつとめた。

「…やに下がった顔をするな」
「おや、二人でいる時間が長ければ、こうしてお勉強の復習ができるではないですか」

 譜面台を片付け、長い脚でひとまたぎにデスクに近寄る。デスクの上から身を乗り出して、シエルの瞳を覗き込んだ。

「お望みなら、昼間から可愛がって差し上げることもできますが」
「…や、やりたいのは、お前のほうだろう!」

 シエルはぱっと楽譜を取り、顔の前に翳した。

「やりたい、だなんて」

 セバスチャンの手が楽譜を避け、頬を撫でる。

「そんな言葉遣いは、いけませんね…お仕置きして、その唇に新しい歌をお教えしなければ」

(こいつ、僕といるためにわざとあれを作り出したんじゃないか…?)

 シエルは疑ったが、それは翌日には否定されることになった。

 ミカエリスが、「今日は一日坊ちゃんのお世話をしたい」と言い出したのである。

「いけません」

 セバスチャンは冷たい声で睨み返した。
 飼い犬に手を噛まれた、そんな苛立ちが薄い唇の端に感じられる。

 セバスチャンの心配は的中したのだ。

 自分と全く同じなら、ミカエリスもシエルを欲しがるようになる、と。

「一日交代、ということにしませんか?」

 銀色の髪をかきあげ、ミカエリスが微笑む。

「貴方は私から生まれた、いわば影なのですよ。坊ちゃんに…手を出させるわけにはいきません」
「手を出す、だなんて、貴方も露骨な言い方をしますね」

 セバスチャンは眉根を寄せた。
 やはりそうだ。
 離れていても、自分はミカエリスの行動をなんとなく把握している。ミカエリスも同じで、自分とシエルが何を話したか、知っているのだ。

「だから、いいじゃありませんか」

 朝の厨房で、二人の足音と話し声が響く。

「私は貴方なのですよ。自分の権利を二倍にこそすれ―半分にするようなことは、愚かではないですか」
「半分でも、二倍でもありませんね。私が坊ちゃんのお傍にいれば、今まで通りです」
「貴方が半分いないのに?」

 よく磨かれた銅鍋の底に、ミカエリスの顔が映っていた。焼き上がるパイのたくさんの層から生まれる香りが、静かな空間に広がり始めた。もうすぐ、シエルを起こしにいく時刻である。焦りを感じながら、セバスチャンはある提案を切り出した。





「クロード、お前何で増えちゃったのさ」

 壁際で三つ子が囁き合う。

「お前たち、何か知ってるなら言えよ」

 三つ子は表情を固くし、トンプソンが代表してハンナに何か囁いた。

「あの、彼らはクロードのことは無視して、暴れん坊伯爵の今後の展開について話していたそうです」
「あそう」
「旦那様、このクロードは私クロードが旦那様の仕事をより円滑に進めるために魔界より呼び寄せたのです。私の忠誠心と有能さをわかっていただけましたか」
「っていうのは嘘で、ほんとはお前もよくわかってないんだろこの状況?」
「ふ…さすがは旦那様」
「クロード…」

 アロイスはつくづくと二人のクロードを眺めた。髪の色以外に、何か異なる点はないだろうか?どちらが背が高いか?どちらが強そうか?どちらがより性格がよいか?どちらが―自分を愛してくれるだろうか?

「ねぇ、二人で、踊ってみてよ」

 とりあえず何かやらせてみようと、ハンナにレコードをかけさせる。二人のクロードはしばらく戸惑っていたが、やがて揃いのステップを踏み始めた。


 チャラッチャッチャ… チャラッチャッチャ… 


 最初は軽快なタップダンスだったが、ハンナが曲を変えるのに合わせ、二人の動きはどんどん激しさを増していった。クロードの身体にもう一人のクロードが隠れ、表れ、また隠れ、左右に分かれて手を取り合い、いつの間にか室内が暗くなっていて、三つ子がうまく二人にスポットライトを当て、代わりに目も当てられない有様になった。

「ああ、もういい!明かりを!」

 アロイスが叫ぶと、ハンナと三つ子は、レコードやいつの間にか持って来ていたマラカスやタンバリンを手にそそくさと退散していった。

「それで、お前、他に何ができる」

 無能なら叩き出してやろうと思いながら、アロイスは青い髪のクロードに問いかけた。

「私はクロードの半身です。何でもしてご覧にいれます」
「何でも…ね」

 アロイスは腹立たしげに形の良い靴の踵で床を叩いていたが、その言葉を聞くと足を止め、意味ありげに唇を吊り上げた。



<続きます…!>

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