07/24の日記

14:48
ふたセバ 3
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「セ、セバスチャンさん…」
「触らぬ神に祟り無しだ…今は話しかけないほうがいいぜ」

 嬉しそうな顔でシルバーのワゴンを押してゆく銀髪の‘ミカエリス’の後ろで、セバスチャンは悔しそうに唇を噛んだ。

「皆さん」
「ひぃっ…」
「今日は一日、ミカエリスが坊ちゃんの世話をします。いい機会ですから、私は皆さんの仕事ぶりを監督させていただきます」
「皺寄せがやっぱり!!」

 シエルの寝室の前は、足音を吸収するようにとやや厚い絨毯が敷かれている。ミカエリスはその上を、アーリー・モーニング・ティーと顔を洗う湯を乗せたワゴンを押しながら上機嫌で歩き、軽快に扉を叩いた。



「交代制にしたのか」
「はい」
「ふうん…まあ、しっかり仕事をこなすなら、どっちでも構わんがな」
「その点については、ご心配なく」

 ミカエリスは、セバスチャンのしていた仕事―予定の管理や、手紙や電話の取り次ぎ、仕事の補助などを難無くこなした。シエルに対しては遠慮がちで、拍子抜けするほど素直だった。

「セバスチャン、このパーティーは退屈そうだから断れ」
「はい」
「セバスチャン、今すぐこの書類の写しをとれ」
「はい」
「全部だぞ」
「はい」
「セバスチャン、この新聞に我が社の見開き広告を掲載させて、コラムで新しい玩具の人気を紹介するように言え。相手が分かったと言うまで電話を切るな」
「はい」
「セバスチャン、いいえって言え」
「いいえ」

 シエルは椅子に深々と沈み込むと、満足げな笑みを漏らした。使用人は、こうでなくてはならない。明日からずっと自分の世話はミカエリスでもいい。…

 午後のティータイムには、甘いクリームをたっぷり添えたシフォンケーキが、シエルを満足させるだけ給仕された。
 嬉しそうに口に運ぶシエルを眺めながら、銀髪の執事は優しく微笑んで言った。

「坊ちゃんが甘いものをお好きで、…良かったと思っています」
「そう…なのか?」
「ええ…可笑しいですか?」
「いや…」

 シエルは少しどぎまぎして、フォークを置いた。

「作り甲斐がありますし、綺麗なケーキを楽しみながら食べる坊ちゃんは…可愛いですからね」
(…作り甲斐がある…!?今までそんなこと、一度もっ…)

 ミカエリスは長い指を踊らせて銀色のフォークを持ち上げ、シエルの口元にクリームを乗せたケーキを一切れ運んだ。

「はい、坊ちゃん」
「な…っ」

 いつもなら、怒って椅子から立ち上がり、執事の額に本の角を押し付けるくらいのことはしたかもしれない。
 が、ミカエリスの微笑みにはなんとなく逆らえず、シエルは黙って小さな唇を開いた。

「んっ…」

 そのまま、さらさらとした銀髪が眼前に近付いてくる。

「…だめ…」

 ミカエリスは最初唇にキスしようとしたが、そっと、位置をずらした。ケーキを飲み込んだ瞬間、頬にそれを感じた。クリームがゆっくりと溶けて、口の中に広がった―こんなに―こんなに甘い一瞬を、シエルは初めて感じたように思った。





「何でもできるって、いいよねぇ。そう思わない?クロード」

 クロードがいつものように美しく盛り付けたディナーの前菜を置こうとすると、アロイスはそれを止めて、青い髪のクロードにやらせるようにと命じた。

「フォアグラのポアレ、旬の野菜のプロシュット包みでございます」
「フォアグラって、可哀相だよねえ。俺、飼育場を見たことがあるよ。ルカと一緒に」
「さようでございますか」

 アロイスはプロシュットを器用に外し、フォークで持ち上げると、青い髪のクロードに跪けと命じた。

「口を開けて?ホラ、あーん」

 柔らかい肉の端が舌の真ん中に置かれ、青いクロードは歯を軽く閉じてフォークからそれを外した。アロイスは青いクロードの顎から首にかけて優しく指を這わせ、

「さあ、よく噛んでお食べ」

と言って促した。

 クロードは壁際で、黙ってその様子を見ていた。アロイスは主菜もデザートも少しずつ取り分けて新しい執事の口に入れてやった。それは動物の餌付けのようであり、ミサの聖体拝領のようでもあった。全て食べ終えると、アロイスは青い髪をくしゃくしゃと撫でてやりながら楽しそうに言った。

「あはは…まるでペットだ!お前は俺が網に餌を引っ掛けてやらないと生きていけない、弱々しい蜘蛛なんじゃないか。そう思わない?クロード!」

 アロイスは笑いながら立っているクロードを見た。クロードは黙っていた。と、青い髪のクロードがアロイスの手を取って、そっと口付けた。

「イエス、ユアハイネス」
「…ッ」

 アロイスは蒼ざめた顔を引き攣らせ、その手を払いのけた。が、少し哀しそうな瞳をすると、青いクロードが口付けた手の甲に、形のよい唇を重ねた。

(クロードは、こんなことしてくれない…)
「…お前、」

 青い髪を見下ろし、穏やかに言い聞かせる。

「俺がキスしていいと言うまでは、こんなことはしちゃ駄目だよ?分かった?」
「イエス、旦那様」
「よし」

 アロイスは満足げに立ち上がると、クロードに首輪を持って来るよう命じた。



<続きます…!>

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