09/16の日記

22:34
ふたセバ8
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「…シエル、シエル」

 蜂蜜のように甘く、悠遠を包む落日のように熱をもった声が、蜘蛛の巣のように、けだるい脳を覆う。

「シエル」
「…!」

 目の前に、アロイスの透き通るような碧眼が煌いていた。

「うわっ…」

 シエルは慌ててアロイスを突き飛ばし、身体を起こした。

「っと、」
「旦那様」

 Cが素早く駆け寄り、薄いブラウスを纏わらせた細い腕を支える。

「ひどいなあ、シエル。折角看病してやったのに」
「看…病…?僕は、一体…」
「失礼ですが、墓地で坊ちゃんを突き飛ばして昏睡させたのは、他ならぬアロイス様だったかと」

 ベッドサイドでフレーバー・ティーを給仕しながら、ミカエリスが言う。
 アロイスはむっとした表情で、尖った顎をCに向け合図をした。二人は向き合い、一触即発の雰囲気を醸す。

「おい…」
「いいじゃない、シエル。一度二人を戦わせてみたら?どっちもエキストラなんだろ」

 シエルは右手で重たい頭を支えながら、昨夜のことを必死に思い出そうとした。カタコンベ−月夜−謎めいた男女−…駆け寄ろうとした四人の執事が縺れ、はずみで触れたアロイスの手に突き飛ばされる形で、近くの墓石にぶつかった…。

「エキストラ…」

 渇いた唇から、言いようのない苦い言葉が零れる。ミカエリスが淹れた紅茶を一口飲み、咳き込みながら続ける。紅茶の味は、セバスチャンの淹れたものと比べても遜色がない。

「違う…そいつは僕の…」

 待つ必要はない、と思ったのか。
Cはやにわに金色のナイフをミカエリスに突きつけようとした。ミカエリスは身を翻してそれをかわし、一足飛びに白いドアへと身を寄せた。
ドアの向こうから、小さなノックの音が聞こえる。

「坊ちゃんがお使いになる湯を、ホテルの者に命じておきました。アロイス様、彼と共にご退出願えますか?」

 そして唇の脇に人差し指を添え、髪を揺らして微笑んだ。

「ここから先は、ファントムハイヴ家の時間です」





「…嫌だ」
「何がです」
「ここでは…」

 バスルームに案内されても、シエルはミカエリスに、自分の体に触れさせようとはしなかった。旅慣れていないわけではないはずだったが、何故か居心地の悪さを感じた。

「…セバスチャンと、クロードは」
「アロイス様の命でクロードさんが彼らの後を追いましたので、『セバスチャン』は彼が勝手にこの件を片付けてしまわないよう、その後を…。勝手な判断で、申し訳ありません」
「…アロイス達が見ているかもしれない。ここで脱ぐのは、嫌だ」
「では、暗く致しましょうか?」

 指の鳴る音と同時に、バスルームの灯りが全て消える。

「…っ」

 暗がりの中で、ミカエリスの白い肌と銀色の髪が、紅茶のフレーバーが立ち上るようにぼんやりと浮かび上がる。

「…お前、今日は、強引だな…」
「坊ちゃんは、ほとんど丸一日お休みになっていたのですよ。早く済ませないと『権利』が移ってしまいますから」

 閉ざされた視界の中では、白い夜着の立てる衣擦れの音が、闇に冴える月の光のように強く感じられた。

<続きます…!>

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