シリーズ

□07
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「っはは、シズちゃん、そーんなに怒んなくてもいいんじゃない?」

「うるせえ臨也!手前は性懲りもなくまた池袋に現れやがってこの野郎…!」

「なに?俺はいちいちシズちゃんに許可を取らないとここに来ちゃいけない訳?」

「許可ぁ?んなもん出すわけねえだろうがぁあ!」

ブンッと風を切る音が聞こえたかと思うと、"止まれ"と書いてある道路標識が黒いコートの裾を掠めた。
足元を狙って振られたそれをジャンプでかわし、黒いコートの人物はフードに付いたファーを鬱陶しそうに払うと折り畳み式のナイフを取り出した。
シャッと横なぎにそれを振ると、白いシャツと黒いベストに一直線に切れ目がはいる。

まがまがしいオーラを放つ二人に、周囲の人は遠巻きに眺めるかそそくさとその場を離れるかの二つに分かれている。

私は人ごみをかき分け、一際存在感を放つ彼の元へたどり着いた。

「っへ、平和島さんっ!」

思わず大声で名前を呼ぶと、彼は道路標識を持ったままこちらを振り返った。

「…何しに来た」

初めて聞くような、低い声。
びくりと体がはねて、脚から力が抜ける。

怖い。
それしか思いつかなかった。

よく聞くうわさなんて嘘だったんだと思っていた。
彼は優しい人なんだと、少し話しただけで勝手に勘違いしていた。

周りの野次馬の視線が私に集中するのが解る。
これからどうしようかと、停止寸前の思考回路で必死に考えた、とき。

すっと風が吹き抜けたかと思うと、後ろから何者かに抱きしめられた。
視界に入った私を抱きしめる細い腕は、黒い布で覆われている。

先ほど彼と対峙していた人だと理解するのに少しかかった。


「へーえ、シズちゃん、こんな可愛い知り合い居たの?」

楽しむように彼をからかう、耳元から聞こえる声に、ぞわりと背筋が粟立つのを感じた。

嫌な感触。気持ち悪い。
視界がじんわりと涙でにじんだ。

二人の元に飛び出した私が悪い。
勝手に勘違いして彼に好意を寄せた私が悪い。
それなのに、すぐそこに居る彼に手を伸ばしたくなる。助けを、求めたくなる。

溢れる涙を零したくなくて、ぐっと唇を噛んだ。


「臨也手前…!なまえから離れやがれ!」

物凄い怒気を含んだ大声が、あたりに地鳴りのように響いた。

はらりと私の目から涙が零れる。
私の名前を呼んでくれるのは初めてのはず。
こんな状況なのに、どきんと心臓が高鳴った。

「はっはー、シズちゃんはこの子に弱いわけだ?へえ、なまえちゃんねえ」

つつ、っと親指で唇の端をなぞられる。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
今度こそほんとに脚から力が抜けて、不本意にもイザヤと呼ばれている黒いコートの男に体重を預ける形になる。

そうだ。やっと思い出した。
会った初日にあのハンバーガーショップで聞いたオリハラさんの話。
この黒いコートの人物が、彼が心から嫌っているオリハラさんなのだ。

だから彼の機嫌がこんなに悪いのかと、今更ながら納得した。

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