シリーズ
□08
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「臨也ぁぁぁああああああ」
物凄い勢いで彼がこちらに近づいて来たかと思うと、手に持っていた道路標識を私、とオリハラさんのすぐ横にバンッと叩きつけた。
オリハラさんが一瞬ひるんだ隙に、彼は私の手首を掴んでぐっと引き寄せた。
一瞬にしてオリハラさんの腕の中から彼の腕の中に移動した私は、
よく解らない状況に混乱しつつも、オリハラさんから解放されたことに安心して、ぎゅっと彼のベストの裾を握った。
「はは、シズちゃん、そんなにムキにならなくってもいいんじゃない?」
オリハラさんは相変わらず楽しそうに口元を緩ませて、挑発するようにゆっくりと近づいてくる。
手にしているナイフに太陽の光が反射してぎらりと光ると、条件反射で私の体がかたかたと震えた。
「…っ、」
そっと、彼が私の髪を撫でる。
そして私にしか聞こえないような小さな声で、心配すんな、と囁いた。
それからはナイフや道路標識が飛び交う音とか二人の怒声とか。
たくさんの聞きなれない音に声に思考を支配されて、目を固く閉じたまま平和島さんにしがみついているしかなかった。
「っははは、シズちゃんの本気久々に見たなあ…!」
心底楽しそうなオリハラさんの声にうっすらと目を開けると、にやりと笑みを顔に張り付けるその人が見えた。
「あー、楽しかった。それじゃ、また今度ね」
ひらりとコートを翻し、平和島さんと私に背を向けると、野次馬たちが避けてできた道をゆるゆるとこちらに手を振りながら歩いて行った。
小さく舌打ちが聞こえたかと思うと、平和島さんは私の頭をぽんぽんと撫ぜた。
顔をあげると、彼は不機嫌そうに眉間に寄せた皺をそのままに悪かったと呟く。
「大丈夫か?怪我とかしてねえ?」
「だ、大丈夫、です、」
でも、と続けると、彼は不思議そうに微かに首を傾げる。
「平和島さんが怪我しちゃってますよ…?」
大きく切れ目の入ったシャツへ視線を向けると、そこは僅かに赤く血がにじんでいる。
しかし平和島さんは小さく笑って、ぐしゃぐしゃと私の髪を乱雑にかき回す。
「俺はすぐ治るからいい」
そして自嘲するようにふ、と息を零した。
「駄目です!」
「…ん?」
自分の頭より高いところにある彼の双眼をしっかりと見つめ、言い切った。
片眉を下げて何が言いたいんだと此方を見る彼。
「すぐ治るって言ったって痛いものは痛いし、平和島さんが無茶するの見たくないんです!」
少し声を荒げると、彼は驚いたように目を見開いて、そして笑った。
「んなこと言われたの初めてだ」
くつくつと喉を鳴らして、またくしゃりと私の髪を撫でる。
「…ありがとな」
彼の笑顔につられて笑うと、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。
「なまえー!そろそろ時間だよー?」
振り返ると、姫袖をゆらりゆらりと揺らして手を振る谷口の姿。
平和島さんに向き直ると、彼は仕事か?頑張って来いよ、と笑顔を作り、じゃあなと後ろ手に手を振って人ごみに消えていった。